「久しぶりだな」
そう言う懐かしい笑顔を見るのとともに、俺の久々の休日は始まった。
いつもと変わりないはずの俺の部屋が、たったひとつパーツを追加しただけで一瞬にして華やかになるんだから不思議だ。だけどやっぱり畳の部屋にキレイなブロンドヘアーは不似合いで、俺はこっそりと喉の奥で笑った。
「…なんだよ」
なんだかおもしろくて、笑ってしまう顔を引き締められないでいると、ディーノさんは拗ねたようにくちびるを尖らせた。かわいいって言うと怒るくせに、そんなかわいらしいことをするのは反則だと思う。俺のことをかわいいかわいいって言ってくることもあるけど、正直、アンタだって人のこと言えないよ。
なんでもねーっすよ、と返して、まだあふれ続ける笑みを隠せない。居心地悪そうに、ディーノさんは身じろぎした。
「山本」
窘めるように呼ばれて、一瞬、心臓が浮上する。夏仕様になった衣服の下からちらりと覗いた入れ墨に、いつも見とれてしまう。こんなときだけカッコいいなんて、ずるい。たぶんこれは、故意の所業なんだろうな。わかってて、卑怯ですよなんて言えない。だって、さっきからあの人はずっと正座なのだ。久方ぶりの逢瀬に緊張しているのは、俺だけじゃない。カッコいいのに、それを必死で隠そうとしてるさまは、やっぱりかわいい。…なんて言ったら気分を害してしまうだろうから、黙っておこう。
「呼んでくださいよ、いつもみたいに」
頼むと、芸能人顔負けの笑顔をプレゼントされた。…やっぱりずるい人だ。俺がこの顔に弱いってこと、絶対に知ってる。知っててやってるんだ。
「たけし」
心地よいイントネーションが耳朶をたたいて、またしても漏れる、笑み。
ああ、そうか。あとからあとから笑顔が零れたのは、おもしろいからなんかじゃなくて、嬉しかったんだ。この人が来てくれて。この人が微笑んでくれて。この人が触れてくれて。嬉しくて嬉しくてどうしようもなくて、思わず頬の筋肉が弛んでしまって。それがごく自然すぎて気づかないほど、大好きで。
「ディーノ、さん」
なぜか震えてしまっている手で、絹のような金糸に触れた。すっと簡単に指が通って、頭皮に到達する。お返し、と言うように髪に触れられて、くすぐったさに身をよじると、くすっとおかしそうにディーノさんが笑った。
くそ、形勢逆転だ。
「髪、ちょっと伸びたか?」
「そーっすか?伸びたらすぐに切るようにしてるんすけど」
野球すんのに邪魔っすから、と続けると、相変わらずお前はそれだな、と嬉しそうに笑われた。アンタだって、相変わらずだ。
そう言えば、ここ3ヶ月ほど床屋に行っていなかったか。そう気づいて、そんなわずかな変化まで捉えてくれる彼が愛しくて、思わず泣きそうになった。
ディーノさんは、俺の弱みをつくのがうまいと思う。自分自身でさえ気付いてない弱みまで、なんでかあの人は、熟知している。
悔しい。…けど、嬉しい。
「ディーノさんこそ、ちょっと伸びました?」
「んー、ここんとこ、なかなか忙しかったからなー。武がそう見えんなら、伸びたのかも」
ほら、また。
脈拍が増えてく。
「…………」
逢えなかった間に、話したいことはいっぱい考えていたはずなのに。いざ目の前にすると、ひとつも話題が出てこない。
こないだあった野球の大会の話だとか、ツナたちと花見をした話だとか、テストが散々だった話だとか、ぽつぽつと浮かんでは消えていく。
だって、話したいのは、そんなことじゃない。
「…ディーノさん」
呼ぶと、ふわりと両手を広げてくれた。
それは、合図。ああ、もう、視界が定まらない。
「………っ、」
思い切り抱きついたのに、見かけよりもしっかりとした彼の身体は、難なく俺を受け止めてくれた。
ちゃんとわかってんだ、一応。アンタがいる世界がどんなところかだとか、こうやって俺に逢いにきてくれることがどれほど大変なのかだとか。ちゃんとわかってて、でも何も口に出来ないのは、俺がずるいヤツだから。
どんなに大変だって、逢いにきて欲しいと思ってしまうんだ。
「…ごめん」
思っただけだったはずの言葉は、自分でも気付かないうちに外に漏れてしまっていて。ディーノさんは驚いたように一度身体を固めた後(表情は見えないから推測でしかないのだけれど)、ちょっぴり悲しそうな顔をして俺の背中を撫でた。
「バカ、謝んなよ」
「……だって」
「知ってるか?」
ぽんぽんと背中を叩いて促されて、少し離れて目を合わせる。やっぱり見せてくれるのはあの笑顔で、思わず心臓が小躍りしてしまう。だって仕方ない、こんなの不可抗力だ。
何をっすか?と首を傾げると、腰にまわっていたディーノさんの手のひらが、頬へと移動してきた。そのまま、ごく自然な動作でくちびるが重なって。ゆっくりと離れていく途中で、不意に、いたずらっ子のような笑みをひとつ。
「逢いたいと思ってるのは、お前だけじゃないんだぜ」
くちびるとくちびるが離れきってしまう前に、今度は俺から、キスをひとつお見舞いした。
(だってこれが、最高の特効薬!)
/07.04
初ディノ山!そして甘甘!
好きなんだけど…まあ、好きと書くのは別物よね^^