「おーい、スクアーロー!」
仕事もないし暇なので、ということで革張りのソファに寝転んでまどろんでいたら、不意に外からそんなユルい声が飛んできて一気に意識を覚醒させた。久しく切いていなかった声だ。え、もしかして、なんて思う隙も与えずに、ものすごい音がしてドアが開く。そりゃあもう、蹴破ってしまうんじゃないかと言うほどの勢いで(虫の居所が悪いときの我らがボスの開閉法よりはましだったけれど)。と思ったら目前に弾丸のようなスピードで何かがつっこんできて、とっさに受け身を取れなかったせいで大げさにむせ込んだ。腹の辺りから、あーわり、大丈夫?なんてのんきな声が聞こえてくる。
「だ…いじょうぶなワケねえだろうがぁ!」
「ははー、だよなー!悪ィ悪ィ」
決して悪びれた様子もなく笑う。ああそういえば、声だけじゃなくてこの顔を見るのも久しぶりだ。それもそのはず、お互いに仕事が忙しい上に所属も違うのだ。よっぽどのことがないと顔も合わせないし、会おうと思ったらずいぶん前からのアポが必要だ。もちろん、それさえも実行できる確率はいいところで5割なのだけれど。相変わらずほけほけと馬鹿そうな顔だ。未だ膝の上にのっかったまま降りる素振りを見せない大男を見下ろして、小さく笑う。相手は、ん?と小さく小首を傾げた。
「よく生きてたな」
「へへ、スクアーロこそ!ヴァリアーん中じゃいちばんに死にそうなのにな」
「…う゛おい、何枚に卸されたい」
「ジョーダンだって、ジョーダン!」
スクアーロってすぐ怒るのなーなんてまたしてもけらけらと笑う。そのたびに山本の体が揺れて、乗られた太ももに圧迫感が募った。悪くない痛みだ。
「んで、テメェ、今日は何しに来たんだぁ?」
けれどもそんな時間に甘んじていられるほど自分たちはのらりくらりとした生活をしている自覚もない。そろそろ足も痺れてきた。肩に添えられた手をやんわりと押し返すと、山本の体はすんなりと離れていった。膝の上に残った体温が冷えて、少し寒い。山本はこつこつと革靴のかかとで音を立てながら、手持ち無沙汰に部屋の中を旋回して回った。見た目の割に、いつまで経っても餓鬼みたいなやつだ。
「んーとな、今日は本部の功績の報告とヴァリアーへの指令の伝達にザンザスんとこ行ってきた」
「ああ゛?んなもんいつもみたいに下っ端にやらせとけばいーだろうが」
顎に手を当てて思い出すようにしながらしゃべる山本に、思ったよりもドスが聞いた声が漏れて、驚いた。そして焦った。急激な機嫌の降下の理由に心当たってしまったからだ。最初、スクアーロ同様驚いていた山本は、スクアーロが慌てて顔を伏せるのと同時ににやあっといやな笑顔を漏らした。激しい自己嫌悪がスクアーロを襲う。ああああ、やってしまった。
「まーまー、別にザンザスと何かあったわけでもないんだからさ」
「…んなこと聞いてねえだろうがぁ」
「そんなに怒んなって、な、スクアーロ」
「怒ってねえって…っ!」
中途半端なところで声が途切れたのは、思ってもみなかったところで突如、口を塞がれたからだ。思わず状態を後ろに引いたら、いまだに長く伸ばし続けている髪が翻った。何の気配も感じなかった。一瞬前まで手など届くはずのない距離にいた。それなのに、いつの間に、こんな、口づけが出来るほど近くに。
驚いて目をしばたかせるスクアーロが相手の表情が見えるほどまで状態を引いたときには、山本はすでにしてやったり、と口端を持ち上げていた。なるほど、伊達にボンゴレ幹部にして、自らと二大剣豪として名を連ねるだけのことはある、ということだ。
「てめえ…、」
「へへ、1ヶ月ぶりはおれの方からでしたー」
「あ?」
「だって前回はスクアーロから先にしてきたからさー、次はおれからしようって狙ってたんだ」
ししっと白い歯を見せて、そんなことがすごく嬉しそうな顔で笑う。そんな下らないこと、と流そうと思うのに、やけに悔しくてたまらない。ひらりと逃げていこうとする山本の腕を生身の腕で掴んで、引き止めた。そのままぐっと引っ張れば、見た目よりウェイトのない体はすんなりと腕の中に収まってくる。うお?と間の抜けた声を聞けば、満足感がこみ上げてきた。なになに、と瞼をしぱしぱさせる山本に、スクアーロはどこかで見たことのある笑みを浮かべてみせる。
「…まだまだ、お前の負けだぜぇ」
「え、…ぅっ、ん!」
宣言とともに、まだ何かを喋ろうとする空気の読めないくちびるを塞ぎ込んで、相手の呼吸まで飲み込んだ。喋ろうとしていたから半開きの口に、ねっとりと報復の意を込めて舌を侵入させる。初めは驚きに支配されていた山本の思考が、次第に快感に流されて腕の力が抜けていった。さして強くもなかった抵抗が完全にゼロになってしまえば、もう流れはスクアーロのものだ。ぎしりと音を立てて形勢が入れ替わったときには、もうふたりのベクトルは同じところに向いていた。なんと言っても1ヶ月ぶりだ。飢えている。
「ちょ、…と待って、」
が。そのままがらがらとなだれ込もうとしたところで不意に静止をくらって、スクアーロは訝しげに眉を寄せた。山本は苦笑いでわり、と断ると、その前にひとつさ、とまどろっこしいことこの上ない前置きを入れてから口を開く。
「ザンザスのテーサイのために言っとくけど、」
「……あぁ?」
今日いちばん低い声が出たのは仕方ない。こんな雰囲気で行為を一時中断した上、他の男の名前を出すとは何事か。マナー違反にもほどがある。明らかに機嫌の降下したスクアーロを見てもうひとつ苦笑いを漏らすと、尚も山本は続けた。
「今日はスクアーロが仕事なくて暇してるって教えてくれたの、アイツだから」
「………」
「な、だから感謝しなきゃな」
思わず目を見張ったスクアーロを流して、山本は満面の笑みを見せた。珍しいこともあるもんだ、あの鉄仮面冷血漢が。ヤツがなかなかにこの男を気に入っているという話は本当だったのか。それだけのことを考えた一瞬の隙に、くちびるを奪われてしまった。驚きののちに、またしてもあの笑顔。売られた挑戦は買うのがモットーだ。お返しとばかりに山本の頭をソファに押し付けて深いくちづけを奪うと、スクアーロは行為には邪魔で仕方ない髪をかきあげた。
「それじゃあ、ボスの了解も得たことだしなぁ」
「お楽しみといきますか」
お世辞にも爽やかとは言いがたい笑顔を、スクアーロの長い髪が覆い隠した。
/07.11
ハルさまリクの「スク山で甘々ほのぼの」(…ん?ほのぼの?
スク山考え出したらギャグしか浮かばなくて困りました。っていうか甘い小説ってどうやって書くんだ!
まめ的にはもうこれ砂糖3Kgくらい吐けるんですが…どうですか。
ハルさま、素敵リクどうもありがとうございました!