ぴりりりりり。
まったくの無音だった室内に、電子音が響く。その音は、頭まで布団を被った耳にも鮮明に聞こえてきて、無視することも出来ず、海音寺は仕方なく手だけを布団の中から出した。
ひんやりとした空気が、手のひらを灼く。
ベッドヘッドを弄ってなんとか音の発信源をつかむと、海音寺は携帯電話を布団の中に引きずり込んで、手探りで通話ボタンを押した。
「………はい」
自分でもドスの効いた声が漏れてしまったと思う。
だけど仕方ない。眠いのだ。こんな時間に電話をかけてくるほうが非常識といえば非常識なのだから、俺はまったく悪くない。
未だ意識は夢の中に置いたまま、海音寺は相手の返事を待った。
「…もしもし、海音寺?」
「……ん」
そりゃあお前、アドレス帳から俺の名前を引き出してかけたんなら俺に決まっとるじゃろ、と返すのも億劫で、海音寺は短く返す。心なしか相手の声も不気味に低いような気がするのは、眠さの所為か。
「なんじゃ?」
「……ハ?」
どうでもいい、と無意識のうちに電話を耳に当てたまままたしても眠りに就こうとしてしまったとき、不意によくわからない質問が飛んできて海音寺はぐっと眉根に皺を寄せた。
「なんじゃ?」と用件を促すような声を上げたのは、相手――電話をかけてきた、本人の方で。まったくもって意味が分からなくて、海音寺は文字通り眉毛をハの字にした。
「だから、なんなんじゃ海音寺」
「……誰?」
ああ、会話がかみ合っていない。
それは理解できているが、いかんせん脳が上手く機能しない。相手が言っていることと、自分が喋っていることをリンクさせることが出来ない。とりあえず相手の言葉を無視して自らの疑問をぶつけてみると、相手は意外にも素直に――声音から、それが本意でないことは十二分に伝わってきた――返答を返してきた。
「磯部じゃ、ばか。そんなこともわからんで、電話してきたんか。こんな時間に」
磯部、イソベ、いそべ、いそ……
ぱちりと意識が覚醒した。
「はぁ?磯部!?」
がばりと布団を跳ね除けて起き上がると、海音寺は温度変化によって完全に戻ってきた意識を自覚した。
電話の向こうで起こったそんな事態をなんとなく把握したのか、磯部はすこしたじろいだような声を上げる。
「な、なんじゃ、そんな驚くようなことか?」
「だって、久しぶりじゃろ!……でも、どうしたんじゃ、こんな時間に」
あれ、なんかどこかで聞いた。
と思うと同時に、磯部の方から非難の声が上がった。
「それはこっちのセリフじゃ!こんな時間にいきなり電話なんかかけてきてからに…」
「…は?俺が、かけた?誰に?」
「だから、俺にやって言うとるじゃろ!」
ああダメだ、やっぱりかみ合わない。
話を整理してみよう、と海音寺が一度言葉を区切った。磯部の言葉を、砕いて砕いて、考えに考えてから、海音寺はようやく口を開いた。
「俺が、かけたの?磯部に、電話」
「だから、さっきからそう言うてるやないか」
はぁ、と呆れたように息をつかれてかっとなって、海音寺は思わず声を荒げて反論した。
「ばか言え!俺は今の今まで夢の中じゃったんやぞ!電話なんてかけれるわけないじゃろ」
「それでもかかってきたんじゃ、俺は知らん」
ふぁーあ、と磯部があくびをする。つられて海音寺も大きなあくびを漏らして、そこまでで言い合いは終了した。
「久しぶりだな」
「ああ、元気しとるか?」
「おう。海音寺は?」
「うん、俺も。健康に野球して、疲れてぐっすり寝てた」
「だから、最初にかけてきたのはお前やって言うとるじゃろ。ねちねちとしつこいヤツじゃな」
はは、と笑って息をつく。
さっきまであれだけ眠かったのが嘘のようだ。
もっとしゃべりたい。もっとつながっていたい。
久しぶりに聞く友人の声には、そんな魔力があった。
「……磯部」
「なんじゃ」
「明日、空いてるか」
「ちょうどオフじゃけど……どうした?」
「……ん、ちょっと、会いたくなった」
会話が途切れた。
居心地のいい無音だ。
「なんじゃ、ホームシックか?一希」
「…そーかもしれん。ただ、ムショーに、会いたくなったんじゃ。な、明日、会おう」
「……お前、今、すげー眠いじゃろ。おかしいぞ」
そうだ、おかしい。そんなことは自覚している。
でも、ムショーに会いたい。会って、直接声が聞きたい。
そんな風に思ってしまったのだから仕方ない。
「嫌か?悠哉」
「……そんなわけ、ないじゃろ」
「…ん」
急激に、眠気が襲ってきた。
耳元で、磯部の声が遠くなる。
「なぁ」
「ん?」
「ホントに電話、俺が先にかけたんか?」
「ああ、ホントじゃ」
「……そうか。そうかもしれんな」
うんうんと納得したように頷いて(もちろんその姿は電話の向こうの彼には見えないのだけど)、海音寺は布団に倒れこんで目を閉じた。
「……一希?」
「ダメじゃ。限界。明日また、電話する。じゃあな、おやすみ」
「え、あ、おい、ちょっ」
磯部の声を最後まで聞くことなく、海音寺は電源ボタンを押した。
そのまま、携帯電話を右手に握ってまどろむ意識を手放す。
なんだかすごく、安眠できそうな気がした。
なぁ、知っとるか?悠哉。
夢の中でさえ、キミを求めてる!
(夢って、深層心理の表れなんじゃぞ!)
/07.02
海音寺さんがいとしすぎてどうしよう。