「悪かったな、お前から野球、取り上げてもうて」
「………」
「最後の、中学最後の大会じゃって、わかっとったのに」
「…のぶにし」
「ごめんな、海音寺」
「………」
のぶにし、もう一度呼びかけた名前が消えた。室内に落ちた沈黙は、終わりを告げている。おれの野球の、おれの、おれたちの野球の、最後を。
「がんばってくれ、な」
ドアを開ける寸前、聞こえてきた声に、何を、と聞き返すことはしなかった。
原田の声が遠くなって、通信が途絶える。展西たちの件に原田が関わっていようとなかろうと、おれが野球をできないという事実は変わらない。
もうあんな風に熱くなって白球を追いかけることも、飽くほどにバットを振ることも、しなくていい。できない。そんなことはわかっていた。それでもこんなお節介を焼くのは、新田東のキャプテンの座をまだ次に譲りたくないという意識が少なからずあるからかもしれない。それを支えてくれる人間も、浅はかだと笑う人間も、隣に居はしない。膝の上でごろごろと喉を鳴らす温度だけが、リアルな感覚だった。
「……テトラ、」
答えるように、膝の上の猫がにゃあと鳴いた。お前は従順だな、独り言のように呟いて脳裏によぎる影に思いを馳せる(従順?そんなのは、違う)。
なあ、お前は本当に、やらされとったんか?
勝つために作戦立てたりとか、雨の日には憂鬱になったりとか、負けてかみしめた唇とか、全部、嘘だったんかよ。
餌を与えてもらうために売った、媚びだったんかよ。
なあ展西。おれらの野球は、そんなつまらんもんやったんか?
答えは、返ってこない。でもそれで、いいと思った。与えられた事実は変わらない。そうすんなりと納得している自分に、少しだけ戸惑っている。
おれにとっての野球って、なんやったんじゃ。この3年間って、一体。
手のひらにふれる温度を撫でてやれば、気持ちよさそうに鳴く声が聞こえる。
わかっているのは、もうあの両腕の温もりを感じることはないのだろうという事実。
知らず手のひらの中で握りしめられていた受話器を放り出して、おれは掻き抱くようにテトラにすがりついた。
わかってたんだよおれ。
だけど気づかんふりしとって、おまえの優しさに嘘に甘えとったんじゃ。
ごめん。ほんとに、ごめん。
それでもおれ、お前と野球、したかったんじゃ。
どうか、我侭なこの僕を、忘れて。
(だけどまた、どこかで出会いたいと願ってしまうの)
/07.09
唐突に展海。…展←海?
いい子ぶって口には出さないけど、心の奥底ではすごく我侭な海音寺さんだといいなという妄想ふろむコミック6巻。