「出ておいでよ」
久しぶりに見た太陽の光は眩しくて、目に染み入った。
涙が出そうになって、絶対流してやるもんかと唇を噛んだ。
甘ったるい空気が流れている。
白を基調とした部屋でありながら、必要最低限のものがしっかりと手の届く位置に置かれたれっきとしたマフィアのボスの部屋だ。所々に置かれた装飾品たちは、この男の趣味なのかはたまた隠された武器なのか。どちらにせよ相手がよっぽどの人間であることは部屋に入るだけでわかった。自分の力量も把握しているつもりだ、今のおれは、この男に敵わない。武器も没収されたおれにできることといえば、猫のように彼を警戒して毛を逆立てることくらいだ。ボンゴレ幹部が聞いて呆れる。
優雅に瞳を伏せてティーカップに口をつける男にじっと視線を固定して、息をつめる。かちゃりと音を立てて彼がカップを置くとともに目が合って、びくりと肩が揺れた。
「飲まないの?」
「………」
「毒なんて入ってないから安心してよ」
言われて、ああはいそうですかじゃあ遠慮なくいただきますとカップを手に取るほど馬鹿じゃない。何も返さないままに睨み続けると、男はにこりと笑って見せて(一見人好きのいい笑みのようだが、目が笑っていない)、すらりと手を伸ばしてきた。何の気配もない動き。気づいたらそれはもうおれの頬に触れていて、そこから伝染する冷気に背筋が凍えた。反射的に後ずさると背もたれに強か背中をぶつけて、ゆれが机に伝わる。がしゃんと音を立てて、紅茶の入ったカップが倒れた。中に入っていた薄い橙の液体が、天板を伝って足の上に垂れる。
「―――ッ!」
押し殺した声がのどの奥であふれて、咄嗟に目を閉じた。次の瞬間、慌てて目を開けば、さっきまで机の向こう側にいたはずの男がおれの足元に座ってい、て。
ぞくりと爪先から駆け上がる感情――これはきっと、畏怖と名づけるのがちょうどいい。それは瞬間、灼けるような足の痛みさえも忘れるほど、の。
「ダメだよ、気をつけなきゃ」
言うのとともに、この事態を生んだ大元となった、職業の割に綺麗な指が、ぐりと傷口を抉った。ひ、と引き連れた声がかみ締めたくちびるの端から漏れる。にやりと男が笑った気配がして、かっと頬に朱が走る。衝動のままに立ち上がろうとして動かした足を一瞬の動作で拘束され、鋭い瞳に射すくめられた。咽が鳴る。
「は――な、せよ…」
「いーや」
にこりと。目が細まって、くちびるが弧を描く。
抗いの終了を、自覚させられた。限界を告げられた。
それ以上何も言うことは許されなくて、まだ熱い紅茶の滴る床に組み敷かれる。抵抗するだけの力は、甘い香りに奪い取られていた。ずくずくと痛む火傷だけがおれの感情をつなぎとめる。もういっそ捨ててしまいたいと願うのに――それだけは絶対に、許されることはなかった。
目頭が熱い。感情のままにやめろと泣いて叫ぶことが出来たらどんなに楽だろう。だけどそんなことは、おれが許さない。
「武チャン」
「……ぐ、あ…」
「熱い?痛い?気持ちいい?」
「…ッ、あ、」
「やめてほしいなら、頼んでみなよ」
ああああだから嫌いなんだこういう性癖の男は。
毒づいて、精一杯の瞳で睨み返して、奥歯をかみ締める。吹き出た汗でぬめる二の腕に、しがみついた手のひらで爪を立てた。がりっと音がして液体が噴出したのは、それによって傷がついたからなのだろう。
白蘭の瞳がくらく光る。こうすれば彼の欲望がより増徴されることを、おれは知っていた。
その先にあるものも、知っていた
( いつの ま に? )
/07.09
敵山フブーム(超個人的)に乗っかって勢いで白山。
気づかぬうちに没落していく、驚くようなスピードで。