お互いの心臓の音が聞こえるくらい、近くにいる。
――それなのに、まだ足りない。
隣に身じろぐ気配を感じて、目を開けた。
穴が開いてしまった布団に、冷気が侵入してくる。
暗闇は慣れてしまえば怖いものではなくて、俺は極力布団を動かさないように気をつけながら体勢を直した。
「…つちや?」
隣で眠るオレンジ頭は、むごむごと口を動かして、それでもまだしつこく眠りの世界にいる。
声をかけても当然起きるはずはなくて――無論起こす気もなくて――、閉じた瞳は動かなかった。
ぽそり、ぽそりと声が聞こえる。
『つちやせんしゅ、ゆるゆるとアーチをくぐってとうじょう!かいじょうはなまぬるいとうしにつつまれております!』
断片的な寝言を勝手に繋ぎ合わせてみたら、そんな文章が浮かんだ。
さすが朔のトビウオ、夢の中でもお魚たちとランデブーらしい。
そりゃあゆるゆるとアーチをくぐってこられたら会場も生ぬるい空気しか出せないだろ、と出かけた言葉は喉の奥にしまって、布団の中で温まった手を取り出す。
幸せそうに笑う鼻の頭をつまんでやったら、んっとくぐもった声を上げて槌谷は眉間に皺を寄せた。
…不覚にも、かわいい、とか思ってしまったのは、きっと寝ぼけているせいだろう。
人の隣で寝言を聞くという行為は、すごくどきどきする。
まるでその人の、願いだとか感情だとか目指すものだとか日常だとか。
わかっているものや知りえないもの、隠されたものが次々と浮かび上がってくるようで。
聞かないようにしよう、と思っても、溢れる好奇心を押さえるのは至難の業のようだ。
「槌谷」
呼びかけに応えてもし、目を覚ましてくれたら。
夢じゃない槌谷が、いつもみたいにふやけた顔で笑いかけてくるのだろう。
それでもまだ、おれは。
「んー…、……ときえだー…」
「…………。」
眉をだらしなく下げて幸せそうに笑うこいつに、顔を見せられる気はしなかった。
だってきっと、夜の闇の中でもわかるくらい、顔が真っ赤だ。
もし俺が寝ている間に槌谷が起きて、寝言を聞かれてしまったらどうしようと思った。
夢の中を覗かれてしまったら、恥ずかしくて、次の朝はきっと槌谷を直視できない。
(頼むから、でてくるなよ)
いつき、
だなんて呼んでしまったら、恥ずかしすぎるじゃないか。
/06.12
槌主と見せかけて実は主槌。
槌谷受だいすきです。見かけよりも脆そうな子ってすごくかわいい。