眠さに重くなる瞼をごしごしと擦りながら、オレは古びた廃病院の待合室へと足を向けていた。
雲のリングの争奪戦に当たって風紀委員の野郎の仕上がりを確認しにきて(絶対に負けられない戦いだ。面倒でも仕方ない)、返事をもらったところだ。
その内容はまぁ、どうにも信用なんねーもんだったけれど、とにもかくにも勝ってもらうより他に選択肢はない。跳ね馬の答えがどうだったとしても、ヒバリの野郎が勝たなければならないのは不動の事実なのだ。
とにかく今は、今夜の戦いに備えて(と言っても、オレは直接関係があるわけではないけれど)睡眠を取らなければならない。寝ている暇なんてない、と言うのが理性的に正直な意見だったが、身体の方の欲求にも答えないわけにはいかない。
そんなわけでオレは、ゆっくりと睡眠する場所を探すべく、待合室に向かっているのだった。
(……それにしても)
アイツは大丈夫なのだろうか。
と、考えてしまった自分が嫌になった。こんなときくらい、忘れられないものか。それとも、こんなときだから忘れられないのか。…否、答えは両方だ。馬鹿みたいに、惚れている。
尻拭いをさせてしまった。負けた自分のあとを任せて、あんな傷まで負わせて。
そう言ってオレが自分を責めれば、アイツは「お前のせいじゃない」と笑うのだろうけれど。
たまには弱いところも見せろ、だなんて、自己防衛に過ぎないから絶対に口にしない。
「ふぁー……あ?」
大きなあくびを漏らしながら待合室のドアを開けると、そこには先客が2名いた。
ソファーに身体を預けて寝息を立てる山本と、椅子に頭をもたせかけて眠る芝生頭。
病院の待合室に大男が2人静かな寝息を立てている様はなかなかに異様で、思わず口を半開きにしたまま数秒停止する。そしてそのまま、吸い込まれるようにして山本の脇に立った。
(くちびる、乾いてらー)
右目は穏やかに閉じられて、左目は白い包帯に覆われている。頬に貼られた絆創膏を指でなぞって、そのままカサついたくちびるを撫で上げた。
キスしたい、と思ってしまったのは、紛れもなく衝動。
半分無意識で、指が触れたその場所に、自らのくちびるを導いていく。それは、オレに言わせれば極自然な動作だ。
「んご…っ、極限ー!」
触れ合うまで、あと数秒、数センチ。
そこまで来たところで、突然そんな声が耳朶を叩いた。慌てて顔を離して、取り繕うように意味もないアクションを取って見せながら、芝生頭の方を振り向く。
いくらオレにとって自然な動作だったとしても、傍から見ればそれは「異様」でしかない。
焦るオレに対して、芝生頭は目を閉じたまますぴーっと鼻を鳴らした。
(……ね、寝言…?)
だとしたら、なんて器用なヤツだ。これだけはっきりとした寝言を言う人間を、少なくともオレは生まれてこの方目にした事がない。
と、思っていたら、かさっという衣擦れの音を立てて、山本が寝返りを打った。
「…………。」
出鼻をくじかれた、と言うのか。
すっかり戦意消失して、それでも寝顔を見下ろせば愛おしさがこみ上げてきて、もう苦笑いを漏らすほかなくなってしまった。
…まったく、参った。
「…約束、は、守ったしな」
そんな風に、自分の行為に理由をつけて。
緩慢な動きで身体を曲げて、くちびる――じゃなく、包帯の下の左目に、軽く口付けた。
理由がないと触れることも出来ないオレは、まだまだ彼には敵わないと、もう一度苦笑いを漏らして、本能のままにまどろむことにした。
/07.03
14巻に走らされて。
獄寺は片想い傾向になるのは何故なのか。