シクシク、しとしと。
雨を降らせるのはだぁれ?
−私よ、私。ダメだわ、止んでくれそうもないの
どうして?どうしてそんなに泣いているの?
−悲しいからよ
悲しい?何がそんなに、悲しいの?
−もう、逢えないからよ
逢えない?どうして?
−手の届かないところへ、行ってしまったの
どうしたら、この雨は終わりを迎えるの?
−悲しみがなくなったときよ
それはいつ?
−もう一度あの人に逢えるのなら、きっと
逢いたい?
−ええ、逢いたいわ
どうしても?
−どうしてもよ
何を失ってもかまわない?
−ええ、あの人に逢えるのなら、何だって差し出すわ
そう、そんなに逢いたいのね
−ええ、逢いたい。逢いたいわ
誰に、逢いたいの?
「あの人。私の愛しの、あの人に――」
:: if you will be painful,please forget me ::
「…何、泣いてるの」
/07.04
「なっ、…泣いて、ない…」
ぐずりと鼻をすすり上げながら、強がりを言った。本当は目頭が燃えるように熱い。
そしたら彼は知った風に息をついて、砂糖もミルクも入っていないコーヒーをずずっと飲み干した。それから興味なさげに書類の束をつかみあげて、軽く目を通しながら、他愛もない世話話のように、ぽそりと呟いた。
「そんなに悲しいお話なの?」
声もなく指された冊子を、ぎゅっと抱え込んだ。
大きな文字と稚拙なイラストが並んだ、小さな冊子。童話の類だと思われるそれは、たまたま立ち寄った図書館から拝借してきたものだ。別に読みたかったとかそういうわけじゃなくて、ただなんとなく、なんとも言えない蒼色の背表紙が気になって、手に取ってみただけだった。
深い蒼。表紙には、土砂降りの雨の後ろに滲んだ虹の、抽象画。
…ダメだ、涙が止まらない。
「…悲しく、ない。ハッピーエンドだぜ」
それなのに、でも。
つきんつきんと、胸が痛んで止まない。
「どんな話?」
未だ視線は書類に注いだまま。ひっきりなしに響くしゃくりあげる声も、まるで何も聞こえないのかのように。
それでも耳の神経を傾けて、俺の話を聞こうとしてくれるヒバリが、どうしようもなくいとおしい。
「だいすきな人が、死んでしまうおはなし」
「…………」
「かなしくてかなしくて。朝も昼も夜もずっと泣いてたら、その涙が雨になって。その雨に誘われた妖精が、やってくんの」
何がそんなに悲しいの?
そんなに悲しいのなら、私がなおしてあげる
さあ、のぞみを言って
でもその前に、ひとつだけ言っておかなければいけないことがあるわ
あなたのねがいが叶ったとき――
「アナタの大切なものを、貰わなければならないって」
願いを叶える代償とね、それから、叶ったお礼に
あなたの大切なものをふたつ、貰わなければならないの
それでもいいのなら、私はあなたののぞみを叶えるわ
「構わない。だからお願い、あの人を返して」
しゃくりあげながら叫んだ願いは、雨音を縫って響いた。
妖精がにこりと笑ったと思ったら、急に雨が止んで。それから、虹が出た。虹のふもとにはひとりの人間が立っていて、こちらを見て手を振ってる。
生前と変わらない、笑顔で。
「…なるほど。ハッピーエンドだね」
少し納得のいかない顔で、ヒバリが呟いた。予想通りの反応に、苦笑いが漏れる。
「うん。……だけど」
そうよ、ずっと探していたわ
私の ――
「わからない、んだ」
「………?」
「その人が、誰なのか」
ずっと探していたはずよ。だけど――どうして。
わからないの。あなたは誰。どうして私は、あなたを探していたの。
いたい。いたい。
いたいわ、胸が。
こんなに泣きたいのに、ねえ、どうしてなの。涙が一滴も零れてこないの。
どこへ行ってしまったの。ねえ、どこへ。
「代償として支払ったのは、いちばん大切なもの」
彼を想う気持ちと、彼が好きだといってくれた涙。
もう二度と、戻ってはこないわ。せっかく、戻ってきてくれたのに。
ごめんなさい。もう私には、あなたがわからない。
わからないのよ。
語り終わった俺の頬には、幾筋もの涙が伝っていて。拭うことも忘れて、白い制服の襟をぬらしていた。
「どうしてハッピーエンドなの」
いつの間にか書類から外された瞳は、まっすぐに俺を映している。
何もかも見透かされそうで、怖いよ。それなのにあんたは、まだ俺の涙を見たいのだと言ってくれるだろうか。
こんなに醜いものなのに。彼女のものとは比べものにならないのに。それでもあんたは、まだ、好きだと。
「…もし、ヒバリが死んで、オレだけ生き残ったら。ほかの人がどうなったって知ったことじゃない。取り戻したいと、思うよ」
だって大好きなんだ。今やこんなにも俺の世界は、ただひとりに拘束されている。狭い狭い、俺だけの――ふたりだけの世界。
あんたのいない世界なんて、存在する意味がないんだ。あんたがいなけりゃ、俺だって意味がない。
…だけど。
「もとよりそれが叶わないなら」
誰も叶えてくれないと言うのなら。
「こんな感情、捨ててしまえば、楽だろ?」
初めから、何もなかったのならば。
思ったよりも歪んでしまった笑顔の右目から、また一筋、涙が頬を伝った。
「やっぱりバカだね、キミは」
「……うん、ごめん」
彼の言うとおりバカな俺は、整った顔をしかめて繰り出された言葉の真意にも気付けなかった。
さあ、覚悟は決まった?
決まったのなら唱えなさい。
悪魔の呪文を――
(キミが僕を忘れたら、
僕は誰を覚えていればいい?)
どんなに辛くても覚えていてほしいと願うのは、ただの醜いエゴですか
ヒバ山っていうか…な。