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「山本っ、早く逃げないと…!」
耳を劈くような機械音が、響いている。標的を死に至らせるためだけに作られた殺戮ロボット。狙われているのは自分たちだ。一刻の猶予もない。
そんなことは彼も諒解しているはずだ。それなのにてこでも動かない理由は、聞かずとも知れた。自分の命なんて厭っている余裕がないほど、今の彼の瞳の中にはただひとりしかいのだ。
「ヒバリだけ置いて行けない。…俺も戦う!」
「山本!」
そう言って山本は刀を閃かせた。一瞬で、竹刀は鋭利な日本刀へと姿を変える。長年連れたって来た自分でも圧倒されそうになるほどの山本の迫力に、しかし機械仕掛けの敵は一向に怯みはしない。
「何言ってんだっ、この野球バカ!」
「ツナと獄寺は、早く逃げろ!」
耐えかねた獄寺くんが叫ぶと、山本は姿を変えた刀を一閃させながら振り向いた。後ろに俺たちを庇うような体勢になって、早く行けと促す。
「山本…ッ」
この背中は、こんなにも小さかっただろうか。
ずっと頼りにしていた。ずっと護ってもらってばかりだった。重圧をかけてもたれかかっていた背中は、こんなにも。
恐怖が身体中を支配するのを感じる。これは死への恐怖ではない。何かを失くしてしまう予兆だ。
第六感が――超直感が、告げる。
危険だ。脆すぎる、この背中は。
「何勝手なこと言ってるの」
突然声が飛んできて、思考が止まった。
山本がびくりと肩を震わすのが分かる。彼もわかっていたはずだ。ヒバリさんは絶対、彼がここに残ることを許さない。
「…ヒバ」
「キミがいたら足手まといだよ。この程度の敵、僕一人で十分だ。…早く行きなよ」
俺でもわかるような嘘に、やはり山本も身体を震わせた。
あんな血だらけの身体で「大丈夫だ」といわれたって、説得力がない。信じられない。――信じたいのは、やまやまだけど。それ以上に、願うのは。
痛いほどに、山本の気持ちが伝わってくる。
護られる方は、いつだって辛いんだ。そうやって見せられた背中が、その人の最後になるかもしれないのだから。それが好きな人なら尚更、護られるだけじゃなくて、護りたいと思う。それが叶わないのなら、肩を並べて戦いたいと思う。大切な人を踏み台にして、自分だけ、なんて。
「でもっ、ヒバリその怪我…っ」
「こんなもの、ハンディだろう」
だけど、護る側はそれを望まない。
自分を犠牲にしたって護りたいから、愛しい人にだけは生き残ってほしいから、護る。そこまでしてでも生きてほしい人だからこそ、護りたいと思うのだ。
それは所詮、自分勝手なエゴでしかないのだけれど。自己を犠牲にしてまで護ってもらった命など、素直に喜べないけれど。
「…目障りだよ、早く連れて行って」
「ヒバリさん…」
わかっていて、そこまでわかっていてそれでも山本をこの場から連れ出そうとするのは、俺も山本に生きてもらいたいと願っているから、だけじゃなく、ヒバリさんならきっと勝ってくれると思うからだ。
ヒバリさんならやってくれる。勝って、帰ってくる。彼の目的はきっと、勝つことにあるわけじゃないと思うから。
――だって、彼が山本を泣かすようなことをするわけがないじゃないか。
そう思ったら、強張っていた体からすっと力が抜けた。
「…行こう、山本」
「や…っ、いやだっ、ヒバリッ!!」
俺が声をかけて目配せをすると、獄寺くんが山本の腕をつかんだ。中学生の頃こそ身長差があった二人は、もう力も強さもさほど変わらない。加えて、負っている怪我は獄寺くんよりも山本の方が深いのだ、本気で引きずられれば、山本は抵抗する術を持ってはいなかった。それでも必死に抗って、ここに残ろうとする山本。
「山本……」
こんなに必死な山本を見るのは、生まれてこの方初めてだった。
マフィアになってから、戦いは幾度となくあった。その度に護られて、護って、時には共に戦って、今まで生き残ってきた。戦いの大小はそれぞれなれど、この規模の戦いだって、なかったわけじゃない。
それなのに、こんなに必死になって自我を通そうとする山本を、俺は初めて目の当たりにした。
「ヒバリ!ヒバリ!!」
ふぅ、と大きく息をつく音が聞こえる。
ぴくりと身じろぐ気配がして、山本が動きを止めた。
同時に、甲高い金属音が響く。大きな打撃を受けたらしい敵が、よろめいて横倒しに倒れこんだ。ねじが空回るような音がして、殺戮兵器は必死に立ち上がろうともがく。
その隙をついて、ヒバリさんが振り向いた。
山本が、大きく息を吸い込む。二人に見とれて、俺は時が止まったかのような錯覚に陥った。
「…キミは、こんな雑魚に僕が負けるとでも思ってるわけ?」
巨大なロボットを熨した相棒を気遣うように一閃させ、ヒバリさんが問うた。
「…そ、そんなことっ」
「じゃあ、早く行きなよ」
「……っ」
慌てて山本が否定を示すと、ヒバリさんは聞こえよがしにもう一度ため息をつく。
山本だって、ヒバリさんが負けるとはきっと思っていない。…だけど、俺たちはあまりに人の死を目の当たりにしすぎた。それは敵であったり、味方であったり、忠誠を誓ってくれた部下であったり。その現場は、いつだってこの、戦いの場だ。
信用していても、想像してしまう。この世には絶対なんて、不変なんてないことを、身をもって教えられてしまったから。
もしも、いなくなってしまったらと、考えてしまう。
そんなことには慣れたはずだった。そう思い込んでいた。だから、大切な人が無謀な賭けに挑もうとしている今――頑丈につけたはずだった枷が、外れてしまった。
「その泣きそうな顔、不細工だって前にも言わなかったかい?」
かつ、かつ、と踵の音を響かせて、ヒバリさんが山本の目前に立つ。そのまま、おもむろに肩に固定していた学ランを脱ぎ去ると、山本の顔面にかぶせた。
「帰ったらソレ、洗っておきなよ」
「……っ、ヒバ、」
「それまでに、その汚らわしい血の匂い、落としておいで」
にやりと口の端を上げて挑戦的な笑みを見せると、ヒバリさんは山本の首筋に噛み付いた。少し前に切り捨てた敵の返り血が、その舌に舐め取られる。
ぺっと唾と共にその血を吐き捨てると、今度はくちびるに食いつくようにして、一瞬の口付けを贈った。瞬きを忘れて見返してくる山本に背を向けると、ヒバリさんは無言で、立ち上がった敵のもとへと足を進めた。
「早く、行きなよ」
背中から告げられた声に、ようやく山本が動きを取り戻す。
呆けていた獄寺くんの腕をやんわりと離すと、先ほど投げつけられた学ランに腕を通した。
「ヒバリっ!」
ヒバリさんは振り返らない。
「早く帰ってこいよな!」
そう言った山本の顔は、昔から変わらないあの笑顔で。
「キミは、いつから僕に指図できるほど偉くなったの」
いつもみたいに軽口を叩き合う光景に、バカみたいに俺のほうが泣きたくなってしまった。
こんなに痛いのは、初めてだ。
鋭利な刃物で胸部を切りつけられたときよりも、腹心の部下が死んだときよりも、山本がヒバリさんのものになってしまったときよりも。
ずっと痛くて、ずっと苦しい。
こんなもの、彼らの痛みに比べれば痛みですらないのだろうけれど。
今日だけは、どうか。
この痛みを共有することを、許してほしい。
「――ヒバリ…っ!!」
きゅっと踵を返した後、堪えきれずかみ締めた唇から零れ落ちてきた深紅の血が、俺の頭を離れなかった。
/07.04
+5念くらい妄想編。
いろいろかみ合ってないけど…うん、スルー!(笑顔