所詮、同じ穴の、
ばさばさ、と羽ばたく音が聞こえて、開け放った窓から一匹の鳥が侵入してきた。
「あ」
最初に口を開けたのは、山本だった(もうひとりの方は気付いても声をあげないだろうから、妥当と言えば妥当だ)。眉を寄せながらにらめっこしていた参考書を放り投げて、ソファーに沈めていた身体を持ち上げる。
「ヒバリ、鳥!」
そんなことは見ればわかるとでも言いたげに眉を顰めただけで、雲雀は見向きもしない。つまんねーのーと口の中だけで呟きながら(声に出そうものなら、トンファーが後頭部に向かって飛んでくるだろう)、山本はそっと鳥へと手を差し伸べてみた。
人に飼われていたことがあるのか、小さな黄色い鳥は、山本の手を恐れることなくちょこんと飛び乗ってみせた。山本の方へ向き直って、目が合う。小首をかしげるような動作は、思わずかわいい!と目がきらめいてしまうほどの殺傷力をもっていた。ゆっくりと小さなくちばしが開いて、高い声で囀る、のかと思えば。
「みーどりたなびくー なーみーもーりのー」
聞こえてきたのは、どこかで聞いたような、懐かしい旋律。あれ、なんだっけコレ、と記憶を整理していたら、そっけなく書類の整理を続ける恋人の顔が浮かんできた。
「あ、校歌だ」
呟くと、雲雀の眉がぴくりと反応した。へえ、知ってたんだ、とでも言いたげだ(と、山本は思った)。
「じゃあ、これ、ヒバリの鳥?」
「違うよ」
今度はすぱりと即答されて、山本は「なーんだ」とくちびるを尖らせながら、じっと鳥と見つめ合った。
なんか、どっかで見たことあるような。ないような。
「あ」
今度は何、という風に、雲雀が小さく息をつく(はたまた、もう相手にされていない)。
「コイツ、あの、バーズとかいうオッサンが飼ってた鳥じゃね?」
そうだそうだ、と嬉しそうにひとりで納得している山本を見て、雲雀はもう一度息をついた。BGMは、愛してやまない並盛中の校歌。気分は悪くない。
「なーヒバリ、この鳥、なんてーの?」
「僕は鳥ハカセじゃないからね」
「…………」
「…………」
「…あ、いや、そうじゃなくてさ。飼ってんなら、なんかあんだろ、名前」
飼っているわけじゃない、と、一度言わなかったか。ああそうか、たしかに直接そう伝えてはいない。
「…………」
もう面倒になって、雲雀は再び積み重なった書類の束に目を移した。こっちに集中しようと思うのに、何がそんなに気になるのか、「なーなまえはー?」と繰り返してくる声のせいで、気が散る。ああもう、と、雲雀はとうとう書類と向き合うのを諦めた。またひとつ、遣り残した仕事が増えていく。
「なーヒバリ、」
「ないよ」
「ん?」
「名前なんて付けてない」
「えー」
答えたら答えたで、不満足そうにくちびるを突き出す。ああもう、どうして欲しいんだこの男は。
「じゃあ、キミがつけたら」
「え、いいの?」
ぱあっと嬉しそうに顔中に花を咲かせたこの男には、たぶん「僕の鳥じゃないし」と呟いた声は届いていない。
「じゃあ、どうしよっかなー」
「…………」
「んー。…えっと、じゃあ、ヒバリの鳥だから、ヒバード!」
「…………」
だから、僕の鳥じゃないって言ってるだろ。とは、もう思うこともしなかった(慣れとは、怖いものだ)。どお?とやりきった感の漂う顔で聞かれても、答えようがない。沈黙を肯定と取ったのか(はたまた返事は最初から期待していなかったのか)、山本はくるりと手のひらの中の鳥に向き直ると、にっこりと微笑みかけた。
「よろしくなー、ヒバード」
いつの間にか終わっていた並盛中校歌を囀っていたその高音で、一声、ぴよ!と鳴く。よほどそのフレーズが気に入ったのか、早速決まったばかりの自らの名を声に出そうとしている鳥に、山本は楽しそうに発音を教え込んでいた。馬鹿じゃないの、と思いながら書類整理にいつまでも戻れないのは、自分も所詮同じ穴の狢だからだと理解している。
「ヒバリ、コイツすげーのな!もう自分の名前いえるようになったぜ!」
そう笑う山本の手のひらの上で、小さな鳥は何度も何度も自分の名前を呼んでいた。お前かしこいのなー!と頭を撫でてやる山本に、小さな苛立ちが募る。…否、これは誰に向けた感情か。
ふ、と山本の表情から笑顔が消えて、答えは出た。
「でもちょっと、羨ましい、かな」
っていうかじぇらしー?と笑う顔が、馬鹿だ、と思わせた。嫉妬、だなんて。
「どっちが」
どっちが、してると思うの。
「ん?なに?」
こういうときだけ耳がいい小ずるい恋人から視線をそらして、なんでもないよ、と答えた。手のひらの小さな鳥が、身体相応の小さな羽音を立てて、飛び立つ。あ、と山本が声を上げる前に、窓の外へと吸い込まれるように消えていった。
「…行っちゃったなー」
半分名残惜しそうに窓の外を見つめる山本と、目が合う。にこり、と微笑まれて、もう半分の感情の答えは出た。悔しいけれど、ムカつくけれど、それは自分と同じ答え。
「頭のいい鳥だってことは、認めるよ」
嬉しそうに笑われて(たぶん、今日いちばん)、雲雀はゆっくりと立ち上がった。傾き始めた夕日に染まった頬に触れる。上から山本の手も重なって、あたたかさが倍増した。
「なあ、あの鳥とは、群れてもへーきなの?」
静かな問いかけには答えず、雲雀はいつまでもうるさいくちびるを塞ぐことにした。
(だってあのまぬけ面、誰かに似てると思わないかい?)
/07.05
これ、かなり甘いと思うんだけど…どうだろう。
この辺りがどうやら私の甘さの限界のようです。