ぽつり、ぽつり、ひとつ、ふたつ。
落ちては染めて赤く白む。飛びゆく意識の中聞こえた声は、それでもやはりあたたかく、感じた。
となりでささやく声がする。
どこか夢見心地のまま、山本はゆっくりと水底から意識を浮上させた。まだ瞼は重い。
開いた瞳に明るい光は射し込まず、ああまだ夜なのかと緩慢な起動を続ける脳の端でふと、思う。もうしばらく朝は見ていない。動かしていない身体はぎしりと重く、錆びた金属のような音を立てた。
血液が足りない。寒くてたまらない。
「いつまで寝てるの」
終わってはいないのだと。かたりと鳴る物音が、思い知らせた。
答える声は、出てこない。咽が灼けて溶け落ちてしまいそうな感覚に、山本は眉根に皺を寄せることで耐えた。散々鳴かされ続けた咽は、もうとうにその機能を失ってしまっている。それなのにまだ声を出せと要求するのは見当違いだろうと、生理的な涙の浮かぶ瞳で訴えた。
遠いむかし自分よりも下にあったその瞳が遙か上から自分を見下ろしてくる感覚は、不思議でたまらない。吐き気がする。
「へえ、」
生意気な眼、呟くのと同時に短く切りそろえた髪をぎゅっと鷲掴みにされ、喉の奥がぐっと鳴る。まだ声がでるじゃない、と笑む雲雀に、悲痛に頬がひきつるのを止められない。
ああまた悪夢は続くのかと、半ば諦めたような息が漏れた。
「ため息?かわいくないね」
かわいいなんて言われたくもない、返そうとしたがやはり言葉にならず、もうこうなったらとことん反抗してやろうと、その結末を知っていてなお思ってしまう。
もうどうだっていいのだ。
背中に縛り付けられた両の手を折られようとも、頬を冷たい床に擦り付けられようとも、震える喉仏を無残にその脚で踏みつけられようとも。必要なのは、ただ、ひとつだけ。
小さく咽の奥を焼くような痛みと共にけほ、と声が漏れて、浮かんだ涙が頭痛を引き連れてやってきた。
「……きみは、」
まとめてひとつにされた両の腕をぐっと捻りあげられて持ち上がった肢体が、ねじ切られるような感覚に襲われる。感覚神経はもう死に絶えたと思っていたのに、まだこんな風に痛みを感じられるなんて人間ってすげえ、と、どこか遠くの場所からひとり離れてその光景を見ているように、冷静な感想が漏れて驚いた。雲雀の言うとおり、どうやらまだ少しは、余裕があるみたいだ。
涙腺が刺激されて渇いたはずの涙が壊れたように零れ、床に広がっていた赤い斑点を濁らせる。その上に頬から落下したら、思ったよりもそれは温かかった。
「ぼくを苛つかせるのが、すごく上手だね」
屈み込んで耳元に直接吹き込まれた声に、背筋が震える。体中に振動が伝染して、力なく投げ出した四肢がびくんと波打った。のぞき込まれた顔に、ふ、と顔だけで笑ってみせる。ぐしゃりと雲雀の顔が歪んだ。ああ良い気味。心地よい。
「―――、」
まだ声はでるよ。だけど言わなきゃいけないことがあるから、捨ててあげられないんだ。ほかのものはぜんぶあげるけど、これだけはあげない。
だから、ちょうだい。
「――すき、だよ、」
さいごに聞こえた声が誰のものだったかなんて、もうどちらでも、よかった。
落ちた赤い血溜りが、澄んだ液体でぐしゃりと滲んだのを見た。
世界を蔑んで、
(のこるものは なんでしょう)
/07.10
ケータイのメモ帳に沈んでたのをサルベージ。
ああホントに最近の私は武をいじめっ通し!(Sの本領