どんな理由だったって、
一度でも多くキミに会えるのなら、
それに勝る幸せはないなぁなんて、思うんだ。
:: だってそれが、最高のしあわせ! ::
かきーん。
いい音がして、ボールは見えないところまで飛んでいった。
「あちゃー、これまた景気よく飛ばしたなー山本。さすがさすが」
「…はは、ありがとうっス」
「じゃあ山本、景気よく拾って来い?……窓ガラス全部、無事だといいな」
「…………」
また、やってしまった。何も考えないでバットをボールにぶつけに行くと、しばしばこういうことがある。意識して当てる瞬間にふっと力を抜けば校庭内に落ちるまでにとどまるのだが、それを忘れるといつもこうだ。バッターとしては喜ばしいことだけれど、練習のたびにいつもこうではさすがに困る。…ということで普段は意識するように心がけているのだけれど、やっぱり気が抜けてくるとこういう事態もなくはない。今まで割ったガラスの枚数は数知れず。それを笑って容認してくれる校長には、感謝してもしきれないな、とは思っている。
「山本ー、そろそろ2ケタ突入じゃね?」
揶揄するように先輩から投げかけられた言葉に、多分そんくらいはもうとっくに突入してると思うっス、と心中で返しつつ、オレはボールの飛んだ方向へと走ったのだった。
「…………」
ボールに追いついてみると、途端にオレは言葉を失って立ち尽くした。どうやら、危惧していたガラスを割るという事態は免れていたようだ。それは免れていた…のだけれど。ガラスを割って、温厚な校長でさえもとうとう痺れを切らして怒鳴りつけられる、という事態に陥った方がどれだけマシだっただろう、とため息をつくことになった。
目線の先、目的だった白いボールは、オレが拾うよりも先にある人物の手のひらに収められていた。まぁ、それだけだったらいつもみたいに謝ってお礼を言ってボールをいただく、という感じに事が運べるわけなのだけれど。なんというか今回は、相手が悪すぎた。
「……ヒ、バリ…さん?」
「やぁ」
いつも以上に無表情なこれは、確実に怒っている。この上なく怒っている。少なくともオレが知っている中では、これが最強だと思えた。
この様子だと、応接室の窓ガラスを割ってしまったか、はたまたヒバリ本人の脳天にぶつけてしまったか。…後者だったら本当に殺されるな、と思いつつ、オレはとりあえず手を差し伸べてみた。
「ごめんな。ボール、くれね?」
もちろんこのままサラリと事が過ぎるとは思っていないけれど、少しだけ期待してみたりもする。でもやっぱりそれははかない希望でしかなかったらしく、ヒバリは手にしていたボールをすっと懐にしまうと、くりると踵を返した。
「え?…あ、ちょ、ヒバリ!」
「ついてきなよ」
感情なく告げられる声はいつもと一緒なのに、いつも以上に嫌な予感がする。…たぶん予感では終わらないんだろうけど、それが分かったところでオレには何ひとつ抗う術はなかった。
黙ったままついていくと、やっぱり彼が入っていくのは応接室だ。ついでとばかりに窓ガラスの安否を確認してみるけれど、どうやら割れたような形跡はない。
…つまり、その、オレの予想からいくと、2つのうちの1つが削除されてしまったわけで。と、いうことは。
「もしかして……ヒバリ、に、当たった…?」
だとしたらこの応接室がオレの墓穴か。でもここに埋まったら毎日ヒバリが来てくれそうだし、それもなかなか悪くないかな。
なんてことを思いながら恐る恐る尋ねてみる。と、やっぱり無表情のまま振り向かれて、一瞬で。
「……っ!」
押し倒された。
足の裏が浮いて起こる浮遊感のすぐあとに、背中に感じる柔らかさ。いかにも高そうな質感のソファーに、2人分の体重でオレの身体が埋まる。首元にトンファーが突きつけられて、苦しさに息を漏らした。口元に浮かぶ笑みとは裏腹に、ヒバリさん、目が笑ってませんけど?
「ヒ…ヒバリ…ッ、苦しい…ん、ですけど…?」
「苦しいようにしてるんだから、当然だね」
「…………」
つまる喉から必死に紡ぎだした声もサラリと一蹴され、もういっそ清々しくもなってくる。どうせ勝てないのなら、ヘタに抵抗するより大人しく流されてしまった方がきっと楽に事を終えることができるのだし。
と、思ったところで、ヒバリの口元に浮かんでいた笑みが深くなって、求めていた白いボールをぐっと胸元に押し付けられた。てっきりオレはそのまま事に及ぶつもりだと思っていたから――ヒバリの行動の意味が分からなくて、目をぱちくりと瞬かす。更に投げかけられる笑み――というより、愉悦に歪んだようなその表情は、知らず知らずのうちにオレの背筋を粟立たせた。
何か言い出す間も与えられないまま、ぐっとユニフォームの襟首をつかまれて、そのまま上半身を起こされる。と同時にくちびるに噛み付かれて、ちりっとした痛みが走った。
「…ヒバリ?」
「ほら、早く立って、部活に戻りなよ」
「え」
まさか。予想だにしなかった言葉がヒバリの口から漏れて、それは確かに願ってもいなかった言葉のはずなのに、オレはその場からすぐには動けなかった。
驚いた――のと、少しだけ残念だなぁと思う自分がいたのとで。
だけどそんなことはまさか口に出来るはずもなくて、じりっと躊躇うように一歩後ろ足を踏むと、ヒバリの整った口端が、にやりとつり上げられた。
「放課後、ここに来なよ。待っててあげるから」
ボクを待たせるんだから、違えたらどうなるかなんて言わなくてもわかるよね?と言わんばかりのそのオーラに、オレはもう、何も言い返せないまま。
ヒバリに追い立てられるままに右手に白いボールを握って、応接室を出た。
「…………」
そして、締め切られた応接室のドアの前でしばし立ち尽くして。
数時間ののちの事態を想像すると血の気も下がるなぁなんて思いながら、それでもイヤだなんて微塵も思わない自分に少し驚いて、やっぱり好きなんだなぁと実感して、少し笑った。
こんな瞬間を愛しく思うのが、
どうかオレだけでなければいいと思う。
/07.01
ヒバ山な日常…が、スキです…
んで、武はちょっぴり聡いくらいがいい。