うちの学校の野球部が、負けたらしい。
:: それはまた、滑稽な姿で、 ::
「相変わらず鬱陶しいね」
「ははっ、ヒバリは相変わらず容赦ねーのなー」
いつの間にか(本当に知らないうちに)、彼の日課の中に、この部屋に来るというプログラムは埋め込まれてしまったようだ。
何をするわけでもなく、ソファーに腰掛けてボーっと見つめてくるこの男に、かけていた眼鏡をぐいと押し上げてから吐き捨てるように告げる。何を言ってもダメージになる様子はないのだから、つまらない。
「…何。用があるなら早く言って。ないなら帰って」
「んー」
わかったのかわかっていないのか判別のつかないような返事をされて、こうなるであろうことがわかっていたのにやっぱり腹が立つ。だけど立ち上がることさえ億劫で、もう彼は無視して仕事の続きに取り掛かることにした。
見ただけでやる気を損ねる書類の束。作業の波を折られてしまったのだから、余計だ。
「メガネかけたヒバリって、かっこいーなーと思って」
「………ハ?」
思わず返事が遅くなってしまったのは、先ほどした質問のことなどすっかり忘れていたからである。最初から答えを期待して投げかけた問いではなかったのだから、仕方ないといえば仕方ない。
彼がこの手の発現を恥ずかしげもなく口にするのはいつものことだから、別段動揺することはない。
けれど、違和感がある。
「……………」
「ヒバリはかっこいーよ。風紀の仕事もちゃんとしてるし、つえーし、大人だし。なんか、何でもできるし」
ソファーに浅く座って、無駄に長い足をだらしなく投げ出して。膝の上に置いた両手をぎゅっとくみあって、顔は伏せられた。
『なー、聞いたか?うちの野球部、この間とうとう負けたんだってよ』
『マジ?野球部っていやー、ここ2年間無敗で頑張ってたんじゃなかったか?』
『そーなんだよな。なのに残念だって、うちの担任が野球部の顧問だからさ、朝からうるさくて』
『ふーん。じゃあ、期待の超大型エースも今回は白旗だったわけか』
『さぁな。でもまぁ、野球は9人でやるスポーツだしな』
『…うわ、お前クサ』
別段意識したわけではなく、流れるように飛び込んできた声。
「期待の超大型エース」が山本のことだと気付いたのもしばらく経ってからだった。そしてそれから、ようやく「ああ、やっと負けたんだ」という感想を抱いた。
「ヒバリ、は、かっこいい」
バカみたいにそう繰り返す彼が、何を考えてるのかは到底わからない。けど、きっとろくでもないことだ。
僕は小さくため息をついて、視界をクリアにしすぎる道具を机の上に放り投げた。
「……まったく、キミは」
しょうがないね、と小さく呟いた瞬間に驚いたように上げられた顔に、すっと顔を近づけて。
声もなく、触れた。
「……………」
「……………」
「……………」
「………なに」
驚いた、むしろ何が起こっているのかわからない、という風に目を瞬かせる山本に、むすっとした声で尋ねる。と、そのままの表情で彼は「いや…」と口を開いた。
「まさか、ヒバリが励ましてくれるとは、思ってなくて」
「……………」
「…う、わっ!ごめんごめんっ、俺のカン違いな!!」
励ます?誰が、誰を。
トンファーをかまえると、山本は慌てて胸の前で両手を振ってみせた。だけどそのあとすぐにまた顔を伏せて、うなだれる。かける声もない。
「…みんな、も。励ましてくれるんだ。
ツナとか、獄寺だって、気にすんなとか、オメーだけのせいじゃねえだろとか、言ってくれんの。
……へへっ、やさしーよな」
いいやつらだろ?と、笑う口元だけが見える。
僕は何も、言わないまま。
「でも、さぁ」
なんか、もっと、ちがう。そうじゃなくて、もっと、気ィとか遣わないで。
お前のせいだ、役立たずめって、怒って、貶して、踏みにじってくれれば、と、山本はくちびるを噛んだ。
硬く握られていたこぶしが、すっと縋るように僕にのびてきて。ずっと伏せられていた顔が、ゆっくりとあがる。
同時に太陽が影って、光が遮断された。薄暗い闇に支配された室内で、山本の表情は、見えない。
だから、と小さく呟く声が聞こえた。
「殴って、痛めつけてくれていいんだ。ヒドくして、いいから」
だから、ともう一度。ためらいの混じったような声で、僕の制服の袖口をつかんで。
「抱いて」
打ちのめして、絶望を教えて。
立ち直れないくらい、立ち上がれなくなるくらい、めちゃくちゃに。
再び太陽が姿を現すよりも先に、
僕らは深く、ソファーの奥深くに、沈んだ。
(たしかに、 こんな関係は似合わない)
/07.02
誘い受け武…のハズだったのになぁ。
センチメンタルなときは、どうしてもキミを頼ってしまうの。