ずっしりと重みを感じる紙袋を提げて、山本は苦笑いを漏らした。いつもは身軽な格好で来るものだから、その姿はやけに重々しく感じる。
エアコンによって温められた室内の空気が開けられた扉から抜け出て、僅かな冷気が侵入してきた。
「…なに」
尋ねる声が低くなるのを自覚する。
だというのに山本は、相も変わらず笑顔で頬をかいた。
手に提げられた袋の中身が、締め切っていた応接室の中に甘ったるい臭気を流し込んで、気分が悪くなる。
「んー、コレ」
そう言って掲げられたのは、案の定右手の紙袋だ。その先は言わなくても理解できた。
――なんて浅はかな。
「なんか、女子たちが生菓子も入ってるって言うから。今日ちょっと暖かいし、放課後まで放置しといたらヤバそうだろ?だから、とりあえず冷蔵庫かしてほしいなー、なんて」
ニコニコと袋を指し示す表情が、癇に障って仕方ない。
雲雀は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「勝手にしなよ」
「悪ぃな、サンキュー」
ニカッと笑って片手を上げて、山本はつかつかと冷蔵庫へ向かって歩みを進めだす。
勝手知ったるなんとやら、山本はあっさりと紙袋の中身を冷蔵庫へと移し変えると、何を気にする様子もなくソファーに腰を落ち着けた。
「…ふー」
息を吐き出しながら胸元のボタンを外す様は、なかなかに絵になると思う。
女子たちがきゃーきゃー騒ぐのもわからないでもないが、こんな日の存在は迷惑以外の何者でもない。
風紀も乱れるし、そこら中に群れている輩が現れるし、怖いもの知らずの人間は存在するし(でなければ雲雀にチョコレートを渡しにくるなんて所業はできるはずもない)、気分が悪くなるだけだ。
ふと、締め切られた空間に閉じ込めたはずの甘ったるい匂いが鼻について、雲雀は一瞬軽い眩暈を覚えた。
ああ、たしかに今日は暑い日だ、と空を見上げるのと同時に、後ろでぱきっという軽快な音がする。
振り向いてみれば、もちろんそこにいるのは彼以外になくて。
「…………」
「…………」
防寒のために着込んだベストを引っ張って中に風を送り込む様は、片手間、という言葉がよく似合う。
何がそんなに暑いものか、と、雲雀は半眼に目を据えて思った。
視線に気付いたように、山本が板チョコをくわえたまま雲雀を見る。それから、小首を傾げた。
「ヒバリも、食べる?」
大きな体格の男には似合わない仕草だ。
「いらない」
短く答えると、両の眉がハの字に開く。
「なんで?遠慮すんなって」
「してない。いい」
「俺一人じゃ食べきれないしさ、なっ」
「いらない」
「ヒバ」
「うるさい」
際限ない押し問答を半ば強制的に終了させて、雲雀は立ち上がった。
甘いチョコレートの臭気が鼻をやいて、頭の芯がぐらつくような錯覚に襲われる。
ちゃんと両の足で踏ん張っている自覚があるのに、眩暈がした。
「……ヒバリ?」
どさりと。
重い音を奏でて、短く切り揃った髪がソファーの上に広がる。
投げ出された右手を絡め取ると、握られていた赤い包みが音も立てずに床に転がった。
混ざり合った舌にしみこんだ甘みで、吐き気がこみ上げてくる。
彼が浅はかなら、自分もまた然りだ。
「僕を怒らせたいわけ?」
雲雀の静かな問いかけに、山本はふにゃりとあまく(まるで、あの大量のチョコレートたちのごとく)、笑った。
/07.02
甘いのを目指してみた…んですが。
見ようによっては武が小悪魔な!(ニコ!