それが僕の役割ならば、甘んじて受け入れよう。
だたそこにひとつだけ、触れるものがあればいい。
だたそこにひとつだけ、愛するものがいればいい。
::
貴方が望むのなら、何度でも ::
「あ」
そう、声を上げたのはあちらが先だった。ボタンを押した自販機から出てきたアルミ缶を手のひらの上で転がして、知り合いを見つけたときの嬉しそうな顔が覗く。
少々動揺しながら笑う僕。
だって、気づかれるとは思っていなかった。気づかせるつもりはなかった。
それなのに、見つかってしまったのはなぜなのか。
次の言葉を繰り出せないでいると、意外にも向こうからとことこと駆け寄ってきた。
「むくろ、」
呼ばれた名前に、それでも呼びかけの意は込められていなくて。一応とばかりにはい、と返事をすれば、にっこりと笑われた(さっき、自販機から缶ジュースを取り出したときと同じものをひとつ)。
「よかった、あってた」
ああそういえば彼とはまだ面識がなかったのだと、気づいたのはそのとき。あまりに自然に彼の姿が脳裏から取り出されたものだから、気づかなかった。面識もないのに焼きついている記憶。それはまさしく、かつての。
「山本、武」
それが彼の名。呼んでみると、あ、知ってたんだ、と照れたように笑う。少しかすれた声、はにかんだ表情の裏の傷跡。僕は静かに、目を、閉じる。
「いたく、ないんですか」
「……え」
ぱちくりと瞬いた目が、僕に向けられる。動揺して二の句が継げない彼に、僕は残酷にも、にじりよる。一歩、二歩。彼は残酷にも、逃げていく。また一歩、二歩。そして三歩。
とん、と触れたのは彼の背中と壁。追いつめられた、追いつめてしまった。どくんどくんとうるさいくらいに心臓が早鐘を打つ。警鐘を叩くのは、いったい何処。
「…痛くは、ないですか」
それを聞くために、戻ってきた。暗い地の果てから、絶望に沈んだ彼の手を握るために。何度も何度も繰り返した、変わることのない運命。転生のさだめ。そうと決められた結末。
知りながら僕は、それでもまだ手を伸ばす。それ以外に、空虚を埋めるすべを知らない。すがるように繰り返す、輪廻。果てはない。
「――い、たい…」
壁際で、かたかたと揺れる。握った缶ジュースが少し、開いた口から溢れ出た。うつむいた視線は地面に向けられ、わかるのは風に揺れる旋毛、それだけ。
「やまもと たけし」
それは、呪文。
この世に生を受けた瞬間から彼を縛りつづける、言霊の鎖。
びくっと大仰に揺れた手のひらから、アルミ缶が宙を舞った。ころころと、中身を撒き散らしながら転がる。口の端にこびりついた赤黒い血液を撫で上げると、弱々しい動作でこうべがあがった。瞳の奥に宿る色も形も、すべて知っていた。わかっていてなお。残忍に過去は、繰り返す。
「むく、ろ」
「…いたみは、」
「うん、」
「痛みではないんですね」
「……うん」
平気なんだ、このくらい。俺があいつを大好きで、あいつも俺が大好きだから、耐えられるんだ、こんな傷みなんて。だって、俺にはそれしか、ないから。
「ごめん、な」
そうじゃない、震えが止まらないのは、そうじゃなくて。
泣き出しそうな顔で、口を開く。それは完全なる、デジャヴ。数はすでに、あまた。
「……いえ」
そう、いつだってそれが僕の役割。知っていた。わかっていた。それでもなお、手放せないものが、離れられないものが、あっただけ。僕が持ち去るのは、この傷跡だけ。
「…むくろ」
「はい」
見上げてくる瞳が、近づく。吸い込まれるようにして重なり、深い傷は僕のものになった。醜い裂傷、抉る心臓を。
彼は顔を両手で覆って、ごめんと呟きながら涙をこぼした。代償が、染み込む。それは心地よい、鉄の味。赤く熟れた果実の。
追いつめられたのは、どちらだったか。
もう答えはでている。ぽつりと一粒、雨粒が燻る裂傷を撫でて落ちた。
「また会いましょう、山本 武」
今度はまた、次の世代で。
永遠に終わることのない輪廻の流れを、永遠にあなたの写し身として。
(もっとも近く もっとも遠い 僕と君)
/07.05
片想い編第3弾・ヒバ山←骸。
まずはお決まりの転生ネタ。やっちゃった感がぬけない。(あ
そしてむっくーの一人称にすごく違和感を覚えるよ^^