雪降る午後のハーモニカ
正月前後ってどうしてこんなになにもする気が起きないんだろう。だらだらとお昼近くに起きて、こたつでみかん食べながら正月特番見てたらあっという間に日は落ちてる。そんな時期は今日が何日かっていうことさえわからない。さらにいえば、特番に侵食されたテレビ番組のせいで曜日までもがおぼろだ。
部活も正月7日までは休みを申し渡されてやることもなく、ヘッドホンをつけてしっとりとしたバラードを聞きながらみかんを剥いた。白い繊維取るのも面倒くさくてそのまま口に放り込み、だらあんと机の上に伸びる。こういうときのこたつの殺傷力は絶大だ。今日も昼頃までしっかりと寝込んだと言うのに、あ、やばいもう意識飛びそう。年末に出たばかりの好きなアーティストもリピートしすぎて聞き飽きてしまった。あーあどうしてこんなに何もしたくないんだろう。おれはもういっそこのこたつになってしまいたい。ぬくぬくと、あたたかい部屋で動かないでいたい。
そんなことを考えながら、もう何度目ともない眠りの世界に誘われかけたときだった。1日のあけおめメール以来音を立てなかった携帯が、さっきまでヘッドホンで聞いていたのと同じメロディーラインを奏でた。5秒ほど流れてすぐに消えた音楽は、用件がメールによって運ばれてきたことを伝えている。じゃあまあ、ゆっくりでもいいや。初詣から帰ってきて以来充電器に繋がったままの携帯には、残念ながらこたつの中からでは届きそうもない。のっそりのっそりとこたつから半分這いだし、ぴっと張ったヘッドホンをひとまず頭から外して、力いっぱい身体を伸ばして携帯を手に取る。左手で充電器の接続コードを外していもむしのような動きでこたつの中にすっぽりと入り込むと、ヘッドホンつけて一息着いてから携帯を開いた。予想通り、ディスプレイには「新着メール1件」の文字。
こんな時期に誰だろうなー、寂しくもひとり呟きながらメールフォルダを開いてみれば、次の瞬間には慌てて立ち上がった衝撃ですねを机の角に強か打ちつけ、ヘッドホンは接続プラグが元から抜けて部屋中にバラードが流れ出すことになった。ふるえる手のひらの中の携帯には、愛しい愛しいあの子からの「今ちょっと出れる?」とのお誘いが映し出されている。1日にあけましておめでとう!の言葉を添えたいささか派手すぎるくらいのデコメに「おめでとう。今年もよろしく」との質素すぎる返信が来て以来、初めてのコンタクトだ。元旦はおれからメールしたから、さかえぐちからの今年初メール。ううううわ、これだけ感動してる自分が既にもうちょっと気持ち悪い。思ってる間にもいつの間にか女子並に育っていた黄金の親指は「全然出れるよ!どうしたの?」とのメールを生成して送り出していた。それから待つこと3分弱(もしかしら1時間くらい待ったかもしれないと思ったけど、あくまで時計はその時間を示していた)、部屋中に流れるバラードの出だしを聞く間もなく届いたメールを開いて、慌ててベッドの上に放り出されてたコートとマフラー、手袋をひっつかんで外にでる。いつもの公園にいるんだけど、あれだけ待った割りには寂しい気がしないでもないメールの送り主のもとへ、コート着てマフラー巻いて、はめるのが面倒くさくなった手袋は玄関に放置したまま、チャリに乗り込んだ。
5分もしないうちにチャリはさかえぐちが指定した公園に滑り込み、ぶらんこを小さく漕いでいた恋人が驚いたような表情をこぼすのを見た。ああもう、相変わらず。
「さか、えぐちっ!ごめんね待った?…っていうかあけましておめでとう!」
「あ、うん、おめでとう。つーか水谷、早かったね」
ぞくりと背筋が震える。のどの奥に鉄の味がした。ほんとにおれ、なんでこんなに急いできたんだろ。あはは、笑って返すと、さかえぐちもまた笑って、年が明けても変なヤツだなあと言った。あ、初笑顔。相変わらずかわいいなあ。
そんなことを考えているうちにさかえぐちはきーこきーこと漕いでいたブランコをひょいと飛び降りて、チャリを横に持ったまま固まっているおれの目前までやってきた。あ、えっと、わけもわからずどもっていると、突然チャリを支えていた両手の手をぎゅっと握りこまれる。わわわ、わあ!口から飛び出しそうになった心臓を押し込めるためにハンドルから手が離れて、チャリは大きな音を立てて横なぎに倒れた。
「わ、ちょ、なにしてんの」
「え、えええっ、だって!」
驚いたように声を上げたさかえぐちに回らない舌で必死に言葉をつなげようと試みながら、おれは問題の両手を抱え込む。つめたいつめたいすっごい冷たいのに、顔が熱くなってくのを自覚する。しどろもどろになってそらした瞳をこっそりとさかえぐちに戻したら、たぶんおれよりも顔を赤く染め上げたかわいい子が、おれと同じく両手を抱えて目を見開いていた。あー、なんだこのかお、すっげかわいい。なんとも空気読めていない感想を抱きながらぽけっとさかえぐちを見ていると、彼は突然はっとしたように目をそらして、おれの前で血色のいい手をぶんぶんと振って見せた。
「おま…っ、手!手が!冷たそうだなって!」
「え」
「おれさっきまで手袋してたから手えあったかいし、あっためてやろうかなっていうか……っ、そんなくらいのことで照れんなよばか!」
「あ、うん、ごめん」
「あーもう、っていうかなんでおまえ手袋してないわけ!ばかじゃない!」
必死に怒鳴って顔を知らして照れ隠し。ああもうそんなのやばいんじゃないの、かわいすぎるんじゃないのそれは。心臓がばくばくと暴走している。これはきっと、立ち漕ぎしてきたチャリのせいではない、よな。だって冷たかったはずの手のひらだってあっという間に血の巡りを取り戻してしまっているし。にこにこと頬の筋肉緩んで止まないし。これはきっとあれだな、しあわせってやつ。
「だって早く会いたかったんだもん」
正直に言ったらいきなり鼻っ面を叩かれたから、べぶし、と意味のわからない声が出た。痛い痛い。けど、これが拒否からくる行動じゃないってわかってるだけで嬉しいんだからおれも大概ゲンキンなやつだよなあ、断じて変態ではないけれど。
もう、痛いなあ、と形だけ声に出してさかえぐちの手を引き離せば、手の上に落ちてくる硬質な肌触り。え?首をかしげて手のひらの中を覗き込めば、ちょこんと置かれた小ぶりの紙袋。
「……たんじょーび、おめでとう」
びっくりして声も出なくて呆けたように口半開きにしたまま、視線さえも動かせない。もうほんとに穴あけちゃうんじゃないかってくらいさかえぐちのこと見つめてたら、ああもうしつけーよばかたに!ともう一度顔面に一発お見舞いされた。そのさかえぐちの手のひらだって、おれのに負けず劣らずあったかい。顔から順番にゆっくりとさかえぐちの体温が身体中に回って、おれはようやく呼吸という行為を思い出した。すうっと息を吸い込んでやっと、現状が理解できてくる。さかえぐちがこんな寒い日におれのこと呼び出した理由だとか、この手のひらの上に置かれた紙袋は何だとか。
「あ、れ……今日、4日?」
ようやく絞り出した声は、さかえぐちの微笑交じりの「ばっかじゃねーの」に肯定された。ああ、おれってなんて幸せ者!
雪降る午後のハーモニカ
(この声聞けただけでおれには最高のプレゼントだっていうのに!)
/07.12
素敵企画スノウ様に捧げます
相変わらずゆるい感じにmzskってる