クリスマスについて、考察
なんかおれ、すっげーむなしくなってきたんだけど。
普段は大きな目をうつろに半眼にして、隣で買い物袋をぶら下げる少年は小さく呟いた。3リットルのペットボトルが3本入ったビニール袋は、悲鳴を上げておれの右手のひらに食い込んでくる。休むまもなく野球部に貢献した日々が役に立っているのか否かと問われればそりゃあ役には立っているけれど、まだまだ十分とは言いがたいようだ。重い袋をがっと持ち直しながら、おれは少年より半歩前に歩み出た。
「むなしいって、なんで?」
「…いや、むしろなんでって問い返される意味がわかんないんだけど」
え?本気で首を傾げたら、栄口はまじかよという風に瞬いて、それから大きくため息をつきながら肩を落としてしまう。さかえぐちー?呼びかければ、ゆっくりとした動作で首をもたげて、恨めしそうにおれを睨んできた。
「おまえ、今日が何日か知ってる?」
「え、12月25日でしょ」
「そうそう。で、それが何の日か知ってる?」
そりゃあもちろんイエス・キリストの誕生日!なんて返すしゃれた(ひねくれたとも言う)脳みそはおれにはなくて、なんのひねりもなくクリスマスでしょ?と返したら、しばらくの沈黙ののち、はーっとさっきの倍の大きさと長さをたたえたため息が漏れてきた。
「え、なに、違った?」
「いや、合ってるよ。合ってんだけどさあ、むしろ合ってるがゆえにため息も出るっていうかさあ、」
「……?」
「今日クリスマスだぜ?クリスマスっつったらさあ、なんつーかこう、かわいい女の子とデートとかさあ、そーゆー夢見て当たり前じゃね?」
「ああ」
「まあさ、今年は高校生にもなったし?部活でつぶれるだろうなあって覚悟はしてたよ。でもさあ、その部活が、実際はほら、休みになってんだぜ?クリスマス休暇なんて言ってさあ」
「うん、モモカンいー人だねえ」
「そーじゃねえよばか。……いや、合ってんだけどさあ、根本的に目の付け所がちげーよ」
「あ、そう?よく言われる」
「いやそれ自慢できることじゃないから。……でさあ、つまり。今日はクリスマスで、しかも部活は休み、フリーなんだぜ?」
「うん、そーだねえ、だからおれたちこうして買出しに出てこれてるんだしねえ」
「そこだ!!!」
「へ」
言うや否や歩みを止めて買い物袋をその場に下ろし、栄口はびしっとおれの鼻先に人差し指を押し付けてきた。手袋もしないで12月の外を歩いているんだ、自覚はないけれど、他人に触れてみればその肌がやけに冷たいことに気づく。冷え込んでるなあ、関係のないところに意識が行きだしたおれに対して、栄口はまださっきの続きを熱く語っていた。
「クリスマスにフリー!丸1日休暇!ときたら、巷の若者たちは総じて恋人とデートするもんなんだよ!こんな風に、毎日朝から晩まで嫌というほど顔合わせてる部活のメンバー、ましてや同性の友人と、買い物なんかしてるような日じゃねえんだ!!」
ぱちぱちぱち。思わず拍手を送りたくなってしまうほどの剣幕で、栄口は「フリーのクリスマスにおける栄口的持論」をまくし立てた。
ああそういうこと。ずいぶんと結論までが遠回りだったような気がしないでもないけど、その原因は少なからずおれにもあるので深くは突っ込まないことにする。ほけっとしているおれを見て、栄口は諦めたように肩を落とした。
「……もーいーよ、おれとおまえの間のジェネレーションギャップを嫌というほど思い知った……」
あれ、ていうかおれときみは同い年のはずですけど。まあ確かにおれは遅生まれだけどさ!
長いため息を吐きながら、栄口はお菓子類と食品が詰められた、それでもおれのより若干軽い買い物袋を両手に提げて、ゆっくりと歩みを再開する。あっという間にポジションが逆転しちゃったから、それを取り戻すべく大きく一歩踏み出してまた、栄口の半歩手前を歩き出した。
「おいてくなよお」
我ながら情けない声を上げて(だってさすがに9キロは重い)栄口を見やれば、呆れたような目でじとっと見つめ返されて、それからもう今日何度目かもわからないため息をつかれた。
これだけはあはあ連発されたら、打たれ強さで有名なおれだってさすがに落ち込む(まあ、別のイミのはあはあなら大歓迎なんだけどね)(なんて言ったら生きて帰れる気がしないから黙っておく)。ちょっとむっとした風を装ってなんだよーと突っかかってみれば、栄口はゆっくりとこっちを向いた。
心なしか濁った瞳だ。やさぐれてる、これは。
さかえぐち、なだめるように名前を呼ぼうとしたら、それより先に栄口のほうが口を開いた。
「…おまえさあ、」
「え?」
「何で野球部のクリスマス会が26日開催なのか知ってる?」
知らない知らない。伝えるようにぶんぶんと首を横に振った。
たしかにおれら野球部のクリスマス会は12月26日開催だ。日にちどうこうの前に高校生の男が10人も集まってクリスマス会だなんて薄ら寒い気がしないでもないが、三橋に、あの三橋に催しを提案されて、否といえるものは誰一人としていないだろう。しかしそうだ、どっちにしろ25日だって26日だって休みなんだから、どうせならセオリーどおりクリスマス当日に開けばいいのだ。それでこそクリスマス会なんだから。それなのに、なんであえて26日なのか。そうか、言われてみれば違和感がないこともない。言われてみなければ気づかない自分に失望、なんてことはない。断じてない。
それはさておき、そんで理由って?と目を向けてみれば、おまえってホント流れに身を任せて生きてるよなあ、とため息混じりに苦笑された。ただため息つかれるより落ち込んだ。
「25日は、一部のヤツらがデートなんだってよ」
「へえ、そーなんだ。……………って、えええっ!?」
「おせーよ」
「ええっ、だってみんな、え、みんなあんなに部活漬けの中で、え、彼女?そんな、女つくる余裕なんてどこに…!!」
「時間のやりくりっていうか、そーゆーののやりくりがうまいヤツもいるってことだろ」
「まじで……」
これこそカルチャーショック。使い方間違ってるとかそんなん知ったことか。ただびっくりして二の句が次げない。
「…え、で、その一部のヤツらって…?」
「……花井と田島」
「うっそだあああああ!」
「嘘じゃないけど。言ってはなかったけど、巣山もなんじゃないかな。なんか、休み時間に雑誌のクリスマスデートコース特集みたいなの見てたし」
ええええっ、と大げさなほどの声をあげるおれに、栄口は勝ち誇ったような顔でふふんと笑って見せて、それから話の旨趣を思い出したらしく若干落ち込んだように視線を泳がせた。しかし世の中って不公平に出来てるよな、あいつらは野球の虫なんだから野球だけ出来ればいいのに!
なんて、皮肉ったりしてみるけれど、実際問題おれはあんまりこの状況にむなしさとかは感じていない。だって、まだ恋人には昇進できていないとはいえ、今おれの隣にいるのは栄口。他でもない栄口。大好きな栄口。クリスマスに好きな子とお買い物って、むしろこれ以上の至福はないんじゃないかな。あ、でも、これで更に栄口がおれのこと想ってくれてたりしたら最高だけど!
「な。むなしくなってきたろ」
「んー。要するに栄口は、周りのみんなは恋人とデートしてる真っ只中に、おれと明日の男だらけのクリスマス会のための買出しをしている現状が気に入らない、と」
「言葉にすんなよ、よけーむなしい」
「……そこでおれは考えたんですが」
心なしか重くなっている足取りをまたしても一時止めることにして、そろそろ取っ手が千切れてしまいそうな買い物袋をコンクリートの上に置く。つられて足を止めた栄口の鼻先に人差し指を押し付けて、さっきまでより心持ち小さめの声で提案した。
「おれたちが付き合っちゃえばいいんじゃないでしょーか」
「なにひとつよかねーよバカ谷」
「はぐあ!」
とりあえず今は、現状に甘えるほかないようだ。
/07.12
バイト中の産物
等身大の男子高生な栄口を目指して撃沈した^^
ちなみに花井と田島はふたりでデートなわけじゃないよ!…いやまあそれでもいいんだけど^^←