「おれたちは飛べるんだって思うことない?」
お昼休み、ふたりで昼食を終えて屋上でだらだらと過ごしていたら、突然立ち上がったさかえぐちがそんなことを言い出した。
え、え、飛ぶってなに、その、きみの目の前に広がってる青空を?だとしたらそれは不可能だよだっておれたちは人間で、ほらそこを飛んでる鳥たちとは違う。だってほらよく見て、おれらの背中にあんな羽はついていないでしょう。おれらみたいな人間はね、空を飛ぶようにはできていないから、飛び立とうとすれば重力によって地面に叩きつけられてしまうんだよ、よくわからないけれど。あれ、こんなこと教えてくれたのはだれだっけ、ああそうだ、鳥ってきれいだよねおれもあんなふうに飛んでみたいなあ気持ちいいんだろうなあとつぶやいたおれに、それはむりなんだよと、さかえぐちが教えてくれたのだ。おれらの身体は空を飛ぶようにはできていないからね、そこから飛び出したらあっという間に潰れちゃうんだよと。でもあれ、そのさかえぐちが飛べるかもしれないという。人間は飛べないんじゃなかったの、おれらは鳥ではないんじゃなかったの、おれたちは潰れてしまうんではなかったの不可能だと説いたきみが、可能だとささやく。それじゃあおれはもうそれを否定するすべはもっちゃいないよ。
すいこまれるようにただ青い空を見つめて、彼はぽそりぽそりと浮遊する鳥を数えていた。さかえぐち、呼ぼうと思ったら突然さかえぐちの背中に白い羽が生えた。いや、生えたって言うよりは、もともとそこにあって、それでも見えなかったものが見えるようになったみたいな。最初はすごく薄くて後ろの風景が透けて見えていたのに、だんだん濃くなってうやがてちゃんとした羽になった。つばさと呼べるほど大きなものじゃない。だけどきっと飛ぶことに支障はない。慌てて自分の背中を触ってみたら、おれにもそれは生えていた。
ああそうかおれたちは最初から人間ではなかったのだ。勝手にそう思い込んでいただけで、おれたちは人間なんかじゃなく、あんなふうに空を自由に羽ばたける、おれたちはとりだったのだ!
さかえぐち、今度こそはっきり呼んだら、ゆったりと振り返ってくれた。目が合う。笑いかけたら、にこりと笑顔が返ってきた。ふわふわと浮いている小さな物体。浮遊する心地。ああ、いまならおれ、きっと、
「とべるよ、さかえぐち」
ばさりと羽ばたいてみたら、はらはらと数本の羽が抜け落ちて風にさらわれていった。
/07.10
水谷の世界の中心は栄口だってはなし