永遠に変わらないほんとなんて、探したってどこにもないんだよ
おれはそれにみんなよりも少し先に気づいてしまっただけなんだ
そしてみんなよりも少し、弱虫だっただけなんだ
「おれ、さかえぐちがすきだよ」
風が凪いだ。まだ残暑が厳しいとは言え、9月の放課後に屋上は少しばかり肌寒い。薄着の上半身を暖めるようにぎゅっと抱きしめて、みずたにのまっすぐな瞳から目をそらした。そんな真摯な視線は痛すぎる。知ってて、いままでずっと目をそらし続けてきたことを責められているようで。息が詰まる。死んでしまいそう。
「…どうしたのいきなり。おれも好きだよ、みずた」
「違うよ、そうじゃない、さかえぐち」
「なにが違うの。ちがわないでしょ、」
「違くて!おねがいだから、聞いて」
「ちゃんと聞こえてたって、だから、」
「違うよ!…さかえぐち、おねがい」
「いやだ、…いやだよいやだ、聞きたくない、言わないで」
「さかえぐち!」
ぎゅっと、逃げ惑う腕を掴まれた。ひゅっと息を吸い込んだ喉が音を立てる。
聞いたらもう、逃げられなくなってしまうから。すべて壊れて、元には戻れなくなってしまうから。リセットは不可能なんだよみずたに、だからおれは壊したくないんだ。ようやく見つけたんだよずっと変わらずにいられるための方法、守っていきたいのに他でもないあなたが、それを壊さないで。
おれからみずたにを取り上げないで、おねがい、みずたに。
「…っ、さかえぐちが、何を恐れてるのかなんておれは理解できないけど、」
「わかんなくてもいいよ、壊さないでいてくれるならそれで、」
「おれは壊す気なんかないんだ、つくりたいんだよ、ねえだから」
「いやだよ、いやだ!」
駄々をこねる子どものようにいやいやと首を振って、離してくれと手を掲げる。なのに手のひらにはさらに力が込められて、おれは本当に逃げられなくなってしまった。ああ弛む足場。没落してしまう。沈む先が地獄だと知っていて、沈み込んでいってしまう。ああ拾い上げるべきはあなたしかいないというのに、なんてこと、あなたまでいっしょに沈む気なの。追いかけてくる気なの、いったいどこまで。
「けど、おれは言うよ。すき。すきだよすきだ、さかえぐち」
「……っ、!」
「好きだよ、だからおねがい、泣かないで。そんな風に、泣かないで、」
ひっく、喉が鳴るのに比例して近づいてくるみずたにの顔。反らしたいのに反らせない瞳、中に灯る熱の温度を知ってるからこそ痛いの、触れられないそれを見るのが怖いの。触れないのはまた、おれの勝手なんだけれど。だけどおれはもう終わりを知ってしまったんだ、だから見ないで、すきだと言わないできらいもしないで。このままが、いいの。
「さかえぐち」
ああそんなあたたかな声でおれを呼ぶのはよして。手の届かないところにいてくれればいいの、だから、はなしてよ。
「…み、ずたに…!」
意志に反して引き連れるように彼を呼んだのは誰の声だったんだろう。
遠いところで声が聞こえて、見たらそこにいたのはおれだった。みずたにの腕の中で、必死にしゃくりあげている。みずたにが口を小さく開けて何かをしゃべり出すと、声はおれの耳のすぐ横から聞こえてきた。
「さかえぐち、おれだって、永遠を信じてくれとは言わないよ」
「……、」
「だけど、たとえおれがさかえぐちを忘れてたとしても、また絶対好きになる、から」
「……っ、あ」
「自分のこと、おれの想い、信じられないなら、おれにちょっとだけ、期待して」
変わってしまっても、なくなってしまっても、導かれるようにふたたび同じくなるさきを。少しだけ期待して、裏切られたときはおれを恨めばいいよ、おれを刺して、ぜんぶ忘れてしまえばいいんだ。記憶はおれの体といっしょに燃やして。もう戻らないように、ちゃんとおれが責任もって捕まえておくから。だから、
「言って」
ひきつるように鳴いた喉が、声にならない言葉を吐き出した。しまっておきたいとあんなに願ったのに、どうしてそんなに必死に引き出してしまうの、あなたは知っていたの、吐き出せばこんなに軽くなって、空をも駆け出せそうになること。浮きそうになった身体は、代わりに体内に飛び込んできたみずたにのでいっぱいになってまた地面に落ちた。それが消えてしまうのはこれから何年後かな。それがおれの死んだ後だったらいいのにな、そうだったら幸せなのにな。
始まってしまった、始めてしまったから、終わりだけは見たくない。なにを望むのって、目の前に彼がいるならもうそれだけだよ。出来るだけ長い間。
「消えないで、」
離してくれと切願しながら、それでもすがりつくこの手は誰のものだろう。
重くてたまらない、世界でいちばん汚いこの感情は誰のものだろう。
なんてずるい人間なんだと、おれはそれを誰に投げかければいいのか、誰を責めればいいのか、答えを見つけ倦ねていた。
/07.10
ほんとごめんなさい
さかえぐちくんを泣かせたかったの