週末の攻防
るんるんるんるん。
気分が弾むのも無理はない。だって今日は栄口とデートなのだ。…とは言っても、部活の道具をそろえるためにスポーツ用品店を回るだけなのだけれど。でも、無論邪魔はいない、二人きり、休日、お買い物。これをデートと呼ばず何と呼ぼうか!(あべ辺りが聞いたら「ただの買出しだろ」とか言いそう。まったくあべはひどいヤツだよ!)
「…水谷?」
そんなことを考えながら半分スキップでトリップしていたら、後ろから声をかけられておれの意識はようやく現し世に返ってきた。ウツシヨ、なんてムツカシイ言葉を覚えたのは、このあいだ栄口に古典を教えてもらったときだ。イマイチテストにその効果は発揮されてなかったけれど、まあ赤点はなかったからよしとしていいんじゃないかな。
なんて考えてまた意識は遠いところにトリップ。またしても半分呆れたような表情の栄口に連れ戻された。
「どうしたの?目がどっか違う世界に行っちゃってたけど」
「あ、うん、いや、なんでもない、よ!」
危ない危ない、今日は精一杯の「かっこいい水谷クン」像を見せ付けて、栄口をブイブイ言わせる計画なんだから!(思ってる端から、いきなりミハシ化、だけど)再度気合を入れて、いざ出陣!とばかりに左隣にいる栄口を振り返ろうとした、ら。
「あ、栄口、さん?」
どこかで聞いたことあるよーなないよーな声が、いとしの栄口の名前を呼んだ。え、え、え、誰?ときょろきょろ視線をさまよわせてみれば、おれよりも先に声の発生源に気づいた栄口が小さくあ、と声を漏らした。え、え、え、何なのその嬉しそうな声、は。
「シュンちゃん!」
シュンチャンと呼ばれた少年――見回してみたら、栄口のすぐ後ろに立っていた――は、栄口の反応にぱあっと表情を明るくして嬉しそうにはい!と返事をする。
「やっぱり栄口さんだった!間違ってたらどうしようかと思って」
「ごめんね、おれ全然気づかなかったよー。今日はどうしたの?部活休み?」
「あ、はい。時間できたついでに、ちょっと買出しに」
「へえ、そうなんだ。実はおれたちも部活休みで……て、あ、知ってるかあ」
どこかで見たことあるような憎たらしげなタレ目、うーん、どこで見覚えがあるんだっけか。何か毎日毎日見たくもないのに嫌でも見ちゃってるような、せっかくの休日くらい頼むから見ないでいたいような、ええっと誰だっけ。思い出しかけるところで、思考回路が通信を遮断。ああ、思い出したくないって言うなら思い出さないほうがいいんだなきっと、うん。自分の自己防衛本能はある程度信じてる。
疑問を提示、自己完結とひとりで思考をめぐらせるおれは置いてけぼりで、待ち合わせたわけでもなく偶然に出会ったふたりは和気藹々と談笑を弾ませていた。…なんなのかな、この疎外感と激しいデジャヴ、は。
「さ、さかえぐち…?」
耐え切れなくなった孤独感に喉を震わせると、ようやくおれの存在に気がついたように(待ち合わせまでして会ってるのはおれの方なのに!)栄口はこちらを振り向いた。倣って、「シュンチャン」の目もこちらにむけられる。なぜかうっと息を呑んでしまった。あ、これなんかの反射っぽい。誰?と言葉なく首をかしげて問いかけたら、栄口は納得したようにああ、と呟く。
「ごめん、水谷…は、会ったことないんだっけ。えっと、この子はシュンちゃんって言って、阿部の弟なんだけど」
「あ、べ…?……ええええっ、阿部の、おとうと!?」
「どうも」
さっきから感じてた嫌な予感の正体が判明してしまった。兄に比べればふてぶてしさは皆無に等しいけれど(初対面なのと、年齢のお陰かもしれない)、このタレ目に弱いんだおれは。反射的に大声を上げてしまったおれをなだめるようにしーっと口元に指をあてて(何なのそのかわいい動作、は!)、栄口はもう、と少し怒ったように頬を膨らませた。そんなこと言ったって身体に染み付いちゃってる反射なんだからしょうがない。悪いのはあべ(兄)だよ!
「水谷、声大きいって!…んで、シュンちゃん、こっちが水谷。おんなじ野球部」
「あ、水谷さん、ですか?」
「へ、おれのこと知ってんの?」
あべ弟の反応が予想外で自分を指差しながら尋ねてみれば、唇をかみ締めてはい、と消え入りそうな声で返事をされた。あれ、これってちょっと、必死に笑いをこらえてるときの表情、じゃないかな。勘違いだと思いたいけど。助けを求めるように栄口のほうに視線をやってみたら、シュンちゃんよりタチが悪い、笑いを隠す気もなく肩を揺らしていた。
…なんとなく笑いの意味が予想できてしまった自分がいや、だ。
「さかえぐち……」
拗ねたようにくちびるを尖らせると、栄口は慌てたように笑いを押し込めてごめんごめん!と謝って見せた。だけどもう手遅れだよ栄口。おれの脳裏に、阿部んちで三人そろっておれの悪口言ってる絵が想像できちゃったんだ。シュンちゃん出現時から下がり続けてたテンションが一気に急降下、そして氷点下。もう今朝のテンションは取り戻せそうにない、です。
すっかり消沈したおれを見て、栄口とあべ弟がぱちぱちと目を瞬かせる。それから二人で視線絡めて、困ったように首をかしげると、先に口を開いたのはあべ弟のほうだった。
「ごめんなさい、笑ったりする気じゃなかったんですけど…」
「…んーん、いいよ別に」
「みずたに、拗ねんなって。大人気ない」
大人気なくもなるよ、だって栄口は一応仮にもおれの恋人、なんだし!(つい添付しちゃう余分なおまけが悲しい)口には出さないで、でも機嫌も直らないでいると、あべ弟が思い切ったようにあの、と言葉を切り出した。
「おれ、お詫びに荷物持ちします!」
「え」
「い…っ、いいよいいよシュンちゃん、そんな気にしなくて!ほらこいつバカだから!」
ひ、ひどい言いようだよさかえぐち。
だけど悲しむのはひとまず休んでおこう。おれも栄口の意見に賛成だ。だって荷物持ちのシュンちゃんがついて来たら、買い物はおれと栄口とシュンちゃん、三人の共同作業だ。ふたりきりじゃなくなっちゃう!それだけは回避すべき要項、です!
「う、うん、ごめんねシュンちゃん、おれ全然気にしてないから!自分の買い物してくれて全然いいよ、ごめんね!」
「でも、」
「そうそうシュンちゃん、気にしなくていいって!」
「……おれ、栄口さんにシューズ選んでほしくて」
「え」
今度はあべ弟が俯いてしまった。あれ?立場逆転?なんて考えているうちに、視線を泳がせつつ吐き出された告白。あ、やばい、と思うのと同時に、栄口からきゅうううんという母性本能をくすぐられる音が聞こえてくる。
「ごめんなさい、わがまま言っちゃって」
「…ううん、全然!シュンちゃん、一緒に買い物しよう!」
「え、いいんですか?」
「うん、もちろんだよ!いいよね、みずたに!」
「え、あ、ハイ」
勢いに飲まれて肯定を返してしまった次の瞬間にようやく襲ってくる激しい後悔。え、え、え、え、おれの輝かしいデートの計画はすべて水の泡ってことですか。(「かっこいい水谷クン」計画はあべ弟出現前から失敗していた、とは言わせない)
前言を撤回する暇もなく、栄口は楽しそうにシューズコーナーの方へ歩き出している。もとから栄口って母性本能のカタマリみたいなものだから、年下から頼られたりするのにすこぶる弱いらしい。…と、言うことに、シュンちゃんは気づいているのかどうか。いや、気づいているとしたら相当の策士だよな、…ないないない。
泣きたくなる衝動を抑えながら諦めにも似た目で栄口の歩いていった方向に目を向ければ、栄口の背中を追っているあべ弟とばちりと目が合った。次の瞬間、いまだ解決していなかったなぞがすべて紐解かれることになる。寸前の予想の完全なる肯定。
にやりと口の端をあげて笑う、その既視感。
(ひ……っ!)
やっぱりあべの弟はあべでしかなかった!
最強遺伝子伝説!
(危険因子続々増加中につき。)
/07.09
シュン栄という新境地萌ゆる
さすがのフミキもここまで馬鹿じゃないと思う