絶頂へ駆け上がる快楽とともに吐き出された白濁を喉の奥へと嚥下すると、あの子はいつでも顔を赤くして抗議する。そりゃあね、おいしいとも思わないし、それが飲むために出てきたものじゃないことも知ってるよ。それの正しい用途だって知ってる。けどさ、おれたちの間で行われる生産性のかけらもない虚しい行為の中で、それをセオリー通り使用するのは到底むりな話で。おれのそれだってほら、きみとおれを隔てる薄いゴムのベールの中で死に絶えてる。一方は閉鎖的なゴムの中、一方はティッシュに吸い込まれてゴミ箱へ、そんなもったいないことするくらいなら、と、要するにそれはおれが編み出した精子をできるだけ有効に使う手段なんだ。
射精後の虚脱感に苛まれながら息を弾ませるさかえぐちは、その薄く開いた瞳からひとすじだけ涙を流した。それは大変しょっぱいけれど、セーエキよりはましな味がすることをおれは知っている。口直しに舐め取りがてらキスをしかけようと思ったら、俊敏に反応したさかえぐちの力なんて全く入っていない腕が静止を示してきた。なに?と首を捻れば、ばか!と唸ってばちんと頭をはたかれる。最近のさかえぐちは、めっきり暴力的だ。
「おまえ、いま、飲んだだろ…!」
「え、あ、うん」
「そんな口で、キスなんか、すんな!」
「えー、なんでよー!さかえぐちのじゃん!」
「だからだろ!自分の飲むなんてほんといや」
「…あ、じゃあおれの」
「お・こ・と・わ・り!」
「えーおれはいつも飲んであげてるのにー」
「誰も頼んでない!」
あーあ、さかえぐち、ムードぶち壊しだよもう(あれ?壊したのは、おれ?)。まあ最初からムードなんて気配さえなかったんだけどね、これからつくろうと思ってたの、これから。
ぶーぶーと不満を並べているおれから目をそらして、さかえぐちはくちびるを尖らせた。相変わらず、いやだいやだって言う割には、おれを煽るのが最強にお上手なことで。
思わずさっきキス禁止って言われたこともすっかり忘れてひとつ戯れのようにくちびるを落としたら、思いっきり嫌そうに眉を寄せられた。まだ口の中に残ってた苦味がすこし、やわらぐ。しょっぱさだけは送り込まれずにぜんぶおれの口に留まった。にこりと笑って見せたら、眉間の皺が深くなる。
「…まっず…」
「あはは、でしょー」
「でしょーじゃねえよ…わかってんなら飲むなっての…」
あはは、そりゃそうだ。
まずいなら飲まなきゃいいのに、さかえぐちだってそれを望んでるのに、なんでおれは頑なにそれを曲げないのだろう。尋ねられたら、答えられる気はしない。あ、強いて言うならやっぱり、もったいないから、かな。だけどさかえぐちは、それでも飲むことはない、と言うだろう。だってほらまた、緩急つけて擦ってやれば、その非生産的な物質(そう変えているのは他でもないおれたちだ)は血相変えて中心に集まり、吃立を主張するのだから(そしてそれを見ていれば、おれのも、)。
「…っあ、あ、あ、みずたに、」
「はにー?」
「ひぁっ…、も、口は、や…っ」
「えー」
「っかやろ…!苦し、んだ、っ」
「…わかったよう」
だって、余すことなく飲み干してしまったら、いつかそれらがおれの細胞の隅々まで染み込んでいきそうな気がするんだよ。そうしたらこんな意味もない行為も世の中の常識もぜんぶ越えて、いっしょになれるんだ、さかえぐちと、ひとつに。そんなことを、夢見てんだ。
いつかフツウに気が合ったオンナノコと結婚して、今度こそ生産性のある行為を営んで、その結晶が生れ落ちたときにさ、その子の中にはきっと三人分の遺伝子が入ってるよ。おれと、彼女と、さかえぐちの。そうするためにはほら、まずさかえぐちの遺伝子をおれの中に入れなきゃいけないでしょう?おれは今からその準備を着々と進めてんだ。そうすればほら、この不毛な行為にも目的が、生産性が生まれるんだよ、もったいないことしなくてすむんだ、すごく画期的な思いつきでしょう!そうすればさあ、
「さかえぐち、」
呼んで、
「さかえぐち、」
口付けて、
「…ゆうと、」
舌を絡ませて、足を糾って、吐息を交わして涙を飲んで肌を擦って指を辿って、熱いところに入り込んで。それでも縮まることのなかった距離が、ゼロになるはずなんだよ。
吹き出た欲望のかたまりは、まるでそのときのおれの頭の中みたいに、真っ白だった。
浅はかで、浅はかな願い事。
(だってどうせいつかは離れてしまうのなら、ひとつだけでもあなたがほしいのです)
/07.11
下品なお話を書きたかったんだ…たしか。
常識人栄口と頭のおかしい水谷がすきなんだ私、きっと!