大停電の夜に
あー、寒い!
叫ぶように言ったら、よけー寒くなるからやめて、と小刻みに身体を揺らしながらたしなめられた。いやあ、気分で言ったらそうかもしれないけどさ、このくそ寒い中「寒い」って言うの我慢しろだなんてそれはちょっと無理がある、よ。
がちがちがち、とわざとらしく歯を鳴らしてみたら、さかえぐちはそんなの気にしてられないとばかりに膝を抱え込んで、自分の両手に白い息を吹きかけた。はあ、と小さな口から吐息の漏れる音がかすかに聞こえる。視界が白く染まって、ああこれはやばい、と思った。寒い寒いっていってんのに、なんか一部だけ熱もっちゃいましたよ、って感じ。
「……は?」
「へ?あれ?声出てた?」
「…うん、おもいっきり」
えへへーと弛緩した顔で笑って見せれば、さかえぐちは思いっきり怪訝そうに眉を寄せた。今の会話を帳消しにするように、吐き出した息でしっとり水蒸気に濡れた手のひらどうしを擦り合わせる。ああかわいいなあ、いとおしいなあ。フツウだったら男を形容するには到底そぐわないような言葉が彼にぴったりだと気づいたのは、どのくらい前のことだったろう。もうずいぶん、昔のことのように思う。さかえぐち、小さく呟いてふらぁっと酔ったように覆いかぶさろうとしたら、わーばか待て待てと必死の形相で肩を押し返された。
「……なんでー」
「なんでー、じゃ、ない、ばか!お前の脇にろうそくあんの、危ないだろ!」
ああそういえば、と視線を動かしてみたら、机の上に置いたろうそくはもうずいぶん短くなって、ぼんやりと辺りを照らし出していた。
いろんな用事がうまい具合に重なったらしく、誰も家族がいなくなったおれの家。健全な高校男児たるもの、そんな我が家にコイビトを招くのはもちろん当然で。泊まっていかない?母さん夕飯のカレー作りすぎちゃってて、誘ったら、じゃあお邪魔しようかな、なんてなんの疑いもなくついてきてくれたかわいいコイビト。嘘はついてないから怒られないよねとタカをくくっていたら、家について家族が誰もいないことを知った瞬間後頭部に平手が飛んできたりしたけれど。まあ、結局さかえぐちは泊まってくことになったんだから、結果オーライといってしまえばそれはそれまでだ。それから、約束どおり母さんの作ったカレーを食べて(どんなにフツーの味でもおいしそうに食べてくれるから、さかえぐちってだいすきだ)、おれの部屋に上がってファンヒーターつけてぬくぬくとまどろみかけて。ああそろそろ風呂はいんなきゃな、って話して、どっちが先入る?水谷んちの風呂なんだからお前先に入れよ、ええでもさかえぐちお客さんだし、おれは別にあとでいいよ水谷入って来いよ、じゃあふたりではいろっか、ばかじゃねーの、なんて会話を経て結局おれがパジャマ代わりのスウェットもって風呂場に向かおうとした、そのときに。
突如明かりが消えて、さっきまでうるさく唸ってたファンヒーターが黙り込んだ。真っ黒の視界に驚いて、え、え、とかよくわかんないこと口走ってたら、さかえぐちが停電かよ、と嫌そうな声で言った。ああそうか停電かあ、納得してたら、懐中電灯どこにあんの、との問いかけ。懐中電灯?そんなの家ん中で見たことありませんけど、答えたら、しばらくの間の後にわざとらしく大仰なため息が聞こえてきた。だってしょうがないじゃん使わないんだからさ!はいはい、わかったから、探そ。おぼつかない視界の中で必死に光源を探して探して探して5分弱、ようやく見つかったのがこの、ちっぽけなろうそくのセットとマッチ一箱だったのだ。まさか懐中電灯よりも先にこんなものが見つかるとは、我が家ながら、恐るべし水谷家。しょうがないなあ、すぐ終わるだろうしとりあえずこれでしのごっか。あ、ああはいそうしましょう!んじゃ、なんか小さいお皿持ってきて。あいあいさー!おばあちゃんの知恵袋・さかえぐち(何が違うような気がする上に、本人に言ったら後頭部平手では済まなそうだ)の指示に従って、あれよあれよという間に真っ暗だった部屋に光源が出来たのだった。10分弱の努力ののちに得た光は、こんなちっぽけなくせになんとなくありがたい気さえする。とりあえずよかったねえ、と安心していれば、次に襲い掛かってきたのはファンヒーターが止まってしまった影響だ。寒い、寒すぎる。ぴっちり閉まっているはずの窓から、風が入ってきてるような気さえする。ぶるぶるぶる。あー寒すぎる!
視界の確保はほら、さかえぐちに仕切ってもらっちゃったからさ、おれはせめて暖をとるにあたって役に立とうと思うわけですよ。で、がんばって頭ひねってはじき出した解決策が、これだったわけなのです。
「とりあえず、水谷、どけって」
「えええー、寒いんだから、あったかくなることしようよー」
「おやじか、おまえ」
呆れたような顔(光が小さすぎてよくわかんないけど、たぶん)でつっこみながらも、肩に触れてる手の力が抜けることはない。ぬぬ、なかなか強情ですなあ、とこっちも負けないとばかりに力を入れてみたら、ばかみずたに!と怒鳴られた。そんなこと言ったって、体勢的にはおれのほうが有利なのです。ちょっととはいえ身長的にもおれのほうに分があるし、力勝負になったらなんとか勝てるんじゃないかとは思う、けど。やっぱり形だけでも無理やりって言うのは、いやなわけ。
さかえぐちぃ、甘えたような声で呼んでなんとか承諾をもらおうとしたら、突然、小さくオレンジ色に辺りを照らし出していた灯りが、ふっと消えた。え、とふたりで声を上げて机の上(と思われる場所)を見てみれば、そこにろうそくの輪郭が浮かび上がることはない。どうやら3本目のろうそくが、小皿の上でただのろうになってしまったようだ。ふふ、こらえきれず、おれはさかえぐちの肩を掴んだまま笑う。
「ろうそく消えちゃったね」
「…………」
「これでもう、危なくないね」
「…………」
視線を机の上から動かさないまま、さかえぐちはバツが悪そうにこてんと首を折った。ゆっくりと手のひらから力が抜けていく。それに比例してへらへらと笑っていたら、ばかみずたにクソレフト、と罵られた。残念ながらそれにはもう、だいぶ慣れてきたみずたにくんです。暗闇に慣れてきた目でなんとかさかえぐちのくちびる探し当ててちゅっと口付けたあと、ぎゅっと首筋に顔をうずめたら、うっひゃ!と色気からは程遠い声が漏れて、みずたに冷たい…!とまた小さく抵抗が始まった。仕方ないから顔を離していったん距離を置く、それからもう一度、軽い音を立ててキスをした。もうほんとかわいくてどうしようもないこの子が、これに弱いことはもう知ってる。にっこり、思わず零れてしまった笑みに、さかえぐちは顔を歪ませた。
「そう、おれもさかえぐちもすっげー冷たいの。だから、あっためてよ、さかえぐちでさ」
「……スケベおやじ」
諦めたようにさかえぐちの全身から力が抜けた頃には、もうお互いこれでもかってほどに熱くなっていたのだけれど。
大停電の夜に!
(視界を共有しあうその方法)
/07.12
ぐっちにスケベおやじって言ってほしかっただけ^^!
いつもながらみったにがあほのこでサーセン\(^0^)/
つか停電長くないか←