calling
「どうだった?」
完全に低いとは言い切れない未発達の声で静かに尋ねられて、山本はぐっと拳を握って顔を伏せた。
「…3人、」
「…………」
「もう、ダメだった」
地下だからだろうか。心なしか、息苦しい。
重い身体を少しでも軽くしようと、背中に背負った相棒を下ろす。と、手が滑ってすり落ちた刀は、かしゃーんと派手な音を立てて転がった。
「…そうか」
昔から変わらない帽子に指をかけて目元を隠すと、ふぅと小さく息をつく音が聞こえる。
ぎり、と山本はくちびるを噛んだ。
口惜しい。
この、無力な両手が。いくら運動神経が抜群だろうが、最強無敵の流派を使いこなせようが、――ボスの片腕だと讃えられようが、このちっぽけな両手は、大切な人たちを護る力さえ持ってはいない。
大切な人たちを、失ってしまった。
それは紛れもなく、自分の責任だ。
嫌な沈黙が、辺りを埋め尽くす。
重い空気が抜ける場所はなく、息苦しさで、眩暈を起こした。思ったよりも大きなため息を漏らしながら、山本は冷たい床に座り込んだ。
温もりを持たない硬質な感触が、幾分か気分を楽にさせる。
その温度は、自らの降らせる雨に似ていた。
「――山本」
ふと、名を呼ばれて、意識が引き戻される。
いつの間にか、帽子を目深にかぶったままのリボーンが、すぐ手前までやってきていた。
気配にも、まったく気付かなかった。それが、超一流の殺し屋と謳われる彼の実力なのか、自分の過失なのか、山本には判断がつかない。
ただ、黒いスーツで固められたその見てくれは、記憶をフラッシュバックさせる。
散り散りになった漆黒の衣服と、それを紅く染め上げる大量の血液。その、鮮やか過ぎるとも言える色彩には、慣れたつもりだった。時には自らの手で、それを作り出す事だってあるほどに。
それなのに。
まるで、何も知らなかったあの頃に戻ってしまったかのように、蘇ってきた記憶に戦慄が走る。
「…り、ぼ……っ」
がち、と、歯と歯が不協和音を奏でた。
この、おそろしいほどにこみ上げてくる恐怖はなんなのか。
心の底から、恐ろしいと思う。失うことが。
失ってしまったものと、この先失ってしまうかもしれないもの。なにひとつ失いたくないと望む自分。そんな甘さを受け入れてくれる彼。
失ってしまったら終わりだ、と、思った。
「…リボーン」
震えそうになる声で呼ぶと、らしくもなく、少し降りた眉で笑う。
目と目が会うと、泣きそうになる。バカみたいだ、こんなに近くにいるのに。
ふる、と背筋が震えて、もう一度縋るように開きかけた口を遮るようにして、リボーンがしゃがみこんできた。帽子を取ると、少しだけ、雰囲気が変わる。
「武」
そう、ファーストネームで呼んでくれるようになったのはいつ頃だったか、今ではもう覚えていない。
自分が彼を「リボーン」と名前で呼ぶようになったきっかけさえ、忘れてしまった。
残像が、消えた。
紅く染められた黒いスーツの映像が、霞んでゆく。気付いたら、視界はリボーンでいっぱいだった。
「……り、」
呼びかけたくちびるを、塞がれて。
心臓が締め付けられるような痛みに、咽ぶ。次第に濡れてきた瞳を自覚してリボーンを見上げると、彼もまた、同じように眉を顰めて、苦しさに耐えているようだった。
護れなくてごめん。
弱虫で、頼りなくて、ごめん。
どちらの想いなのか、わからないほど。すべてをぶつけ合って、ちっぽけな手を握り合って、力のないくちびるを塞ぎ合う。
は、と息を継ぐまでに、どれだけの時間が経ってしまったかも知れない。
自覚するのは、頬を伝う冷たさと、握った手の温かさと、それでも変わらない地下室の空気の質量。
呼んで欲しいと、思った。
飽くほどに、愛しいと言ってくれたこの名を、呟いて欲しいと。
飽くほどに、愛しいと思って止まない彼の名を、呟いていたいと。
「……りぼ」
発せられた声は、しかしまたも最後まで行き着く前に、激しい爆発音にかき消された。
しまった、反応が遅れた。
身体を硬くして、瞬時に脇にあった刀に触れた手のひらから、すっと力を抜く。
違和感がない。
むしろ、懐かしささえ感じるこの温度。
乗られた膝から身体中に回る、既視感。
白い煙が明けて、懐かしい姿が目に入った。
膝に感じる重みが、ずいぶんと軽くなっている。
「ちゃおっス」
片手を上げて告げられた挨拶に、濡れた顔で笑顔を作りながら、山本はようやくその名を呼んだ。
/07.04
THE☆尻切れトンボ!
本誌の10年後リボ山の伏線より(勘違い)。途中で力尽きたorz