幼い頃見たアリの行列を、何のためらいもなく踏み潰した。一匹も生き残らないようにと、かかとに力を込めて。小さな子どもがするのと同じ、何食わぬ顔で、何も感じぬまま。
つまりそういうことだ。無邪気さと無知さは、そのまま残虐につながる。わかっていないことは、罪だ。そしてそれ以上に、わかっているのに知らないふりをしているのは大罪。
それさえも、わかっているんだろう?
すぐ目前で、無数のはたらき蟻たちが蛾の死体に群がっている。もう二度と動くことのないその昆虫の身体を細かくぶつ切れにして、自らのアジトへと運ぶ。かつて虫であった頃の面影が、少しずつ破壊されていく。もう二度と元に戻ることはないのだろう。もう二度とあの羽が空を舞うことはないのだろう。つい昨日まで蟻よりも大きな存在としてちっぽけな生命体を見下ろしていた身体が、今はそのちっぽけな存在によってかき消されている。それがこの世に存在した証ごと、跡形もなく。
そうそれが、自然の摂理だ。弱肉強食の世界、弱いものは強いものに征服される。それがもっともマジョリティーで、簡単な方法。たった一度でケリがつく。いのちあるものすべてに死が準備されているなんて、これほどわかりやすいことはない。
(……………)
差し込む灼熱に貧血を起こしたのかもしれない。ふら、と突然頭に血が上って、衝動のままに蟻を踏み潰した。せっせと働く蟻を、いとも簡単に。声もなく息絶えていくさまは実にあっけなくて、殺した、いのちを奪った罪悪感など皆無。いのちに大小をつけるとしたら、方法はそういうことなのだろう。対象が自分にとって何であるか、単純な問いかけだ。
土踏まずから逃げ出した蟻たちが、スピードを速めて、だけど行きの道につけてきたフェロモンに従うことは忘れずに駆けていく。ぺしゃんこに潰れた同朋に、目をかけることもなく。
おれは無残につぶれたかつては蟻だったものを見下ろしながら、生き残った蟻を追うことは、しなかった。
『ごめん。俺は、行けない』
何故だ、尋ねた声に、ヤツは今にも泣き出しそうな顔で笑って。
『俺だけは、人を殺せない。最後の砦にならなきゃいけない、から』
旨を伝えれば、時期ボンゴレ10代目は驚いたように目を見開いて。その瞳からぼろぼろと涙をこぼしながら、ありがとう、それからごめんねと、本人もいないところで泣いた。
バカだと思いながら、ひとり誰もいないところで、おれも少し、鼻頭を赤くした。
思い出をなぞることがあるなんて、自分もずいぶん丸くなったものだ。見逃した蟻の行列は、まだ目前でせっせと餌を運んでいる。足下には先ほど潰した蟻と、そいつが運んでいた残骸がばらばらになって転がっていた。地面を蹴ると、舞い上がった砂が残骸を覆い隠す。
――ああつまり、そういうことだ。
無垢を、無邪気を捨てなくてもいいと言ったお前の顔を、少し思い出してしまっただけなんだ。
そして、窘めるようにして俺の名を呼ぶ声を。
『――リボーン』
ああお前が最初で最後に名を呼んだ、あの、旅立ちの日を。
思い出してはガラにもなく、帽子の奥にひそめた瞳で、泪をこぼすだけなのだ。
(ああおまえだけはどうかそのまま、)
/07.07
未来リボ山が熱い。
やっぱり置いてくリボ様と置いてかれる武が好きみたいです^^