「ありがと!ホント助かる!」
ああこれで何とかテストは乗り切れそう、安心とともにきりきりと痛み始めていたお腹の辺りからすっと力が抜けた。思い返せば緊張は昨晩から続いていたんだ、急に弟が熱を出したその時から。
物理は正直、数学があんまり得意じゃないおれにとっては結構なネックだったんだけれど。一晩がんばるぞ、と気合を入れた端から、計画は崩れ去った。父さんは出張で出てるし、姉さんはまだ帰宅していないしで、熱出した弟の看病が出来るのはおれしかいなくて。別に弟を恨んだりとかはまったくしていないけど(困ったときはお互い様、が我が家のモットー)、テストが近づくにつれて胃が痛み出していたのは事実だ。苦手な教科に予習なしで挑むことほど緊張することはない。おれに言わせてみれば、2死で迎えた逆転サヨナラのチャンスに、カウント2−1でバッターボックスに立ってるのと同等の緊張だ(ううわ、考えただけでお腹、が)。しかも筆記用具を忘れたときた。バット持たずにバッターボックスに立って、なにする気なんだおれってば。
それでもなんとかシャーペンは借りられた。だけど考えてみれば、それはあくまでさっきまでのスタートラインに立っただけの話だ。
なのにお腹はもう、痛くない。…なんで。
「栄口?」
そんなことを考えていたら、いぶかしむように巣山に名前を呼ばれて、慌てて顔を上げた。なぜか気が動転していて(ホントに、なんでだ)、返答があ、だとかう、だとかまったく意味を為さないものになる。ぱくぱくと口を開閉させていると、あ、と巣山がふと気づいたように手を打った。
「そういや、」
「え?」
「筆箱忘れたんならさ、これもいるよな」
そういってごそごそと鞄の中を探る巣山。何してんの?と疑問符を掲げて首をかしげるおれに、約10秒弱の間のあと、巣山がん、と白いカタマリを差し出して見せた。不恰好に変形した、ゴム製の白いカタマリ、これ、は。
「消し、ゴム…?」
「おう。テスト中消しゴムないと困るだろ」
「え……え!? もしかして、え!? 半分に割ってくれたの…!?」
「さすがに消しゴムは2つ持ってなかったからなー」
朗らかに笑ってるけど、これはおれにしてみりゃかなり重大な問題だ。筆箱忘れたのは明らかにおれの失態で、シャーペン貸してもらうだけでもありがたいって言うのに、あまつさえ、消しゴム半分に割らせて、その半分を貢献してもらうなんて。困ったときはお互い様、なんて、こればっかりはお礼が思いつかない。とりあえず、
「ごごご、ごめんねすやま…!ほんとにありがとう…!」
「いーっていーって、消しゴムの1コや2コどーってことねーよ。こんなときくらい、遠慮すんなよな」
「………!」
どうしようこれは、巣山がかっこよすぎて困る。泣きそうだ。友情のあったかさに涙もちょちょぎれそうだ。
もうほんとにおれ巣山には頭あがんねえなーとか、今度なんかジュースでも奢ろうかな(いやでもそれって安すぎ?)とか考えながら、なぜか熱くなってくる頬のことと、数分後に待ち受けている物理のテストのことから意識をそらした。
点数の悪さは、弟からもらった風邪のせいってことにしよう。
/07.09
巣山くんはかっこいいヒーローだよNE!
ぐっちは始終どきどきしててもいいんじゃないかな