:: 落ち着かない放課後がくるのは、たぶんきっとキミの所為。
::
山本武、という名を知っていたのは。
ヤツが、俺とかかわりの深いマフィアの一員だったことに加え、今の俺のテリトリー――保健室――にいつも声を届けてくるからだ。
「ありがとーっしたッ!」
練習の始めと終わり、最中。
いつだって人一倍大きな声で――俺に言わせればうるさいことこの上ない――存在を主張する。
それだけでも十分うっとうしいというのに、ヤツは。
「よっ、おっさん!」
どうしてわざわざ、ようやく家に帰れる時間になったというのに保健室に入り込んでくるのか。
そりゃあ保健室は絶好のサボり場で、ヤツら学生にとっては憩いの場であるが、そもそも今の時間はサボる対象がありはしない。
それなのに。
「……お前も大概暇人だな」
「そーか?」
へへっと照れたように後頭部を掻く山本に、タバコをくわえたままの口で誉めてねーよ、とつっこんでやる。
コイツは最近、毎日部活が終わった後に保健室にやってくる。――俺の安息の地へ。
「ふつう、今日の学生はだな、家に帰りたくて仕方ないイキモンなんだ。やっとこさめんどくさい授業が終わって、大好きな部活も終わった。さぁ一目散に家へ帰ろう――これが、ふつうだ」
「……そーゆーもん?」
「そーゆーもんだ」
きょとんとして首をかしげる山本に、俺はもう一度タバコをくわえ直す。
動揺などしない。すべて予想の範疇だ。ただ単に、俺は言いたいことを言っただけ。どんな声が返ってこようと、こいつの特性は理解したつもりだ。
「でも俺は、家に帰るよりもまずここに来たいって思っちまうのなー。なぁ、そうやって自分が『したい』って思うことをすぐに実行しようとするところ、今日の学生といっしょじゃね?」
「……………」
タバコが口の端からこぼれ落ちそうになっているのにも気付かないで、俺は頭を抱えた。
こんな風に、普通の人間が聞いたら危うくノックアウトされるような天然発言は予感していた――が、まさか先ほどの俺の話をちゃんと理解しているとは思っていない。こう言葉にしてみると、ずいぶん酷いことを言っているようだが、今までの実例があったのだから仕方ないだろう。
そんな俺の中の葛藤も知らず、山本は話を続けている。
「それに、この時間にここにくれば、絶対おっさんに会えるしなー」
「は?」
「だからな。他の時間にも会えねーかなーと思って、休み時間とかにもちょくちょく来たりしてたんだけど。なぜかおっさんいつもいないんだよな。だけど、この時間だけは、ぜったいに会えるから」
「……………」
他の時間に会うことがかなわないのは、いつまで経ってもやってこない子猫ちゃんたちに痺れを切らして自らお迎えにあがっているからだ。
そんなことを伝えたら、絶対に悲しそうな顔をする。もしかしたら、泣くかもしれない。……いや、「子猫ちゃん?おっさん、猫飼ってんのか?」と言われる可能性がいちばん高いか。――って、違う、そんなことはどうでもいいんだ。
問題は、なぜコイツがそこまでして俺に会いたがっているのかとか、そういうことで。もっと切り詰めていくなら、俺の胸はどうしてこうも高揚してしまっているのかとか、そういうことだ。
「…あ、もうこんな時間かー。じゃな、おっさん、また来る」
「…おー」
生返事をしてしまったことに、すごく後悔した。
でもそれは、ほんの一瞬限りのことで。
驚いたように動きを止めた山本が我に返って、にっこりとうれしそうに笑うのと同時に、その後悔は玉砕した。
ぱたん、と山本が出ていった数秒後にドアが閉まると、俺は長い前髪を払うようにして額を押さえた。
――やばい。やばすぎる、この予感は。
しかし、今になって気付いたところでもはや手遅れであることはわかっていた。
(……クッソ、中坊のクセに……!)
下手したら犯罪か。あー、しかも今までよりもさらに暗殺される確率が高くなったな。
そんなことを考えつつ、それでも久々の感覚に胸が踊るのを、俺は抑えきれなかった。
(――とりあえず)
明日からはナンパを控えてなるべく保健室にいる時間を増やそうかと、タバコをつぶしながらそんなことを考えた俺は、もうすでに末期症状に陥ってしまっているらしい。
/07.01
あからさまな好意を向けられてダジるセンセ。
もっちゃんは、「なんかカッケーよな、ダンディーで!」とか思ってるといい。