answer is
ちょっとの我慢くらいなら、ね、
しろと言われるだけ、いくらでもするから、
だから、
だからお願い。
「…何してんだ」
かけられた声に、問いかけのニュアンスは含まれていない。
やっぱりなーと苦笑いをもらしながら、山本は振り向いて手を上げた。
「よっ、センセー」
「…よ、じゃねーだろ」
眉間に皺を寄せて不機嫌なオーラを隠そうともせず一刀両断されると、予想していたとはいえ肩を落とさずにはいられない。
シャマルが怒っている理由は、わかっているのだ。
辺りを包み込むのは、漆黒の闇。時刻はたぶん、とうに9時をまわっているだろう。部活が長引いて、という言い訳が通用しない時間にまでなってしまって、山本は少し焦っていた。元からそんなものがシャマルに通用するとは思ってなんていなかったが、じゃあどういえばいいと言うのか。あんたのことを待っていたのだと、素直に伝えればいいのか。
――ダメだ。そんなことをしたら、顔もあわせてもらえなくなるかもしれない。
そんなのは、何があってもイヤだった。
「……ごめん」
結局いい言葉は見つからなくて、山本は肩を落としたまま一言、小さく呟いた。呆れたようにふぅ、と息をつかれて、きゅうっと心臓が痛くなる。
ああ、こんなことなら待っていたりするんじゃなかった。へこたれてしまいそうだ。
「……ごめ、」
「ほら、帰るぞ」
沈黙に耐え切れなくて、もういちど謝罪の言葉を述べようとしたところで、シャマルが山本の声を遮った。いつの間にこんなに近くにいたのだろう、驚いて顔を上げた瞬間にタバコの煙が気道に入り込んで、息が詰まった。ゴホゴホとむせかえる山本の背中を、何してんだバカ、と優しさのカケラもない言葉をかけながら撫でてくれる。
「だ…って、え?帰るって…」
「こんな遅い時間に一人で帰して、何かあったときに困るのは俺なんだよ」
「………っ」
あ、やばい、泣きそうだ、と。
煙に負けて既に涙の滲んでいる瞳を拭いながら、山本は思った。
シャマルの車に乗るのは、初めてではなかった。
もちろん、乗せてと頼んで乗せてもらえるものではない。教師が生徒を車に乗せちゃいけねぇんだよと大人の事情をカサに着て、拒否され続けていたのだけれど。
ある日風邪を患ったら、シャマルはぶーぶーと文句をたれながらも後部座席を譲ってくれた。
優しい。やさしいな、と思うのと同時に、そんなさ優しささえ利用してしまったようで心が痛んだ。
それでもやはり嬉しいと思ってしまう自分に、心底嫌気がさした。
自らの想いの強さを再確認して、切なくなった。
わかってる。わかってるんだ、本当は。
「ねえ、助手席乗ってもい?」
「あ?」
「うしろ、荷物乗せたらいっぱいになった」
「……勝手にしろ」
ああ、なんて、卑怯な。
ずるくてヒクツで、どうしようもない。この想いも。
助手席に乗り込んでシートベルトを締めて、発車を待つ。落ち着かない。だって、こんなに近いのは初めてだ。トナリから、僅かな体温を感じる。狭い車内に息遣いの音が響いているような錯覚がして、眩暈を起こしそうになった。
早く走り出して、風を起こしてくれと、手のひらを握る。心臓が、うるさい。
「――おい」
「えっ」
呼ばれて顔を上げたら、驚くほど近くにシャマルの顔があって、山本は飛び上がりそうになってそれでもシートベルトに阻まれた。
吐息が触れるほど、心臓の爆暴走が伝わってしまうほどのキョリ。
耐え切れなくなってぎゅっと目を瞑った山本の鼻先に、本当に熱い息が触れた。
「さそってるのか」
くちびるが渇く。
喉の奥に言葉が絡み付いて、吐き出したいのにつまって出てこない。
心臓がひとつ、大きく鼓動した。
「さそったら、のってくれんの?」
返事はなく、小さな衝撃とともにシートは後方へと沈んだ。
(ねえ、おねがい。 Yesのこたえを頂戴。)
/07.02
その気がないなら、優しくしないで。
大好きで大好きで大好きなのに、どうして、振り向いてくれないの。