今日もタブーを抱えて眠る
いつも。いつもだよ。
あんたはおれの背中に、誰を見てるの。
こつり、こつり。音がする。
あの人はいつだっておれの一歩後ろを歩く。音だけが彼の存在を知らしめるすべての感覚で、目は見えているのに盲目にでもなった気分だ。あの、自分よりも大きくてがっしりとした背中が大好きなのに、いつだって見せてはくれない。わかっていて、見せてはくれない。いじわるな人だ、おれが振り向けないのもすべて知ってるくせに。
ふわりと手が触れて、頬をゆっくりとなぞり上げられる。嗜めるような緩慢な動きで前髪をかき上げられて、落ちてくるのはくちびる。やんわりと触れるだけのそれが上がって下りて、鼻の頭、瞼の上、頬、耳、くちびる。触れ合って、口内に異物の侵入を許したと思った瞬間、もつれ合うようにして倒れた背中が柔らかなベッドに触れた。
敏感な年頃のおれはもうそれだけで息が上がって、何も考えられなくなる。まだまだ表情に余裕をたたえた男の手によって、考えられなく、させられる。
顔が見たい、そう思うのに、目前にある彼の顔を見るために目を開けることは出来ない。だってきっと、彼のほうが目を開けている。目が合ってしまったら、それこそおしまいだ。もう何も考えられなくなって、なし崩しのように行為に溺れてしまう。それだけは、ダメ、なんだ。
言い聞かせて胸板を押し返すと、あっさりとくちびるは離れていった。それを無意識で追ってしまうのは、もう相当やばいところまで来てしまっているからなのだろうと自覚している。ただ、自覚したところでどうこうなる問題じゃないということも理解してしまったけれど。
「……ッ、せん、せ…っ」
ひゅっと酸欠を訴える肺に空気を送り込みながら、消え入りそうな声で呼ぶ。ん?と聞き返されたけれど落ちてきた手のひらのせいで次はもう言葉にならず、上がりそうになる声を必死に押し込めた。鼻の奥から声があふれ出てきて、このまま気を抜いたらすべて話してしまいそうだと、恐怖すら覚える。弱いところをやさしく撫でられたらもう、涙を流すより他に、なにもできなかった。
「…センセ、センセ…ッ、」
ただひたすらにそう呼びかけ続けるおれの姿は、彼の目にどれほど滑稽に映っているのだろう。考えるのが馬鹿らしくなってきて、目を閉じた。
何も映らない真っ暗な世界がこんなにしあわせだなんてこと、知らなかった。教えたのはあんただ。知らなくてもいいことだったのに、気づいたら知らなければいけないことになっていた。
想ってるだけで、想っていられるだけでよかったのに、先にわがままを言ってその檻を抜け出したのは、どっちだったっけ。
応えのない問いに意識を投げては、むせ返るようにこみ上げてくる快楽の渦から逃げる。何も与えていない、ただ与えられるだけ、それがこんなに辛いなんて。
「あ、あ、シャマル、せんせ、……っ」
「たけし……」
「ッ、あ……!」
涙と一緒にあふれ出しそうになった声を、口に両手を添えることで何とかこらえて、息を呑んだ。そんな、そんなのってない。反則だ。思わず吐き出してしまった白濁が、先生の手に絡みつく。ああ馬鹿、頭を抱えて直視できない光景を意識の端に追いやった。いきなりの反応に驚いたのか、動きを止めた彼の反応がすごくリアルで、もう穴があったら逃げ込みたい。
「どーしたんだよ」
「……センセ、が、いきなり…!」
ああああそうだ、全部先生が悪いんだ。
いきなり、名前なんて呼んだりするから。
責任転嫁して、それでもまだ目は開けられないまま、引っかくようにして背中に手を回した。精一杯の反論をしたつもりなのに、彼はにやりと笑って(見てなくたって気配でわかる)頬にちゅっと音を立てて口付けを落としてくる。
これってやっぱり、経験の差?自分の考えに打ちのめされている自分が嫌で、いや違うこれは年の功、ということでおれの思考は回路を遮断した。
「……いきなり?」
のにも関わらず、依然意地の悪いこの男に、今日一番の強さで爪を立ててやってから、かさつくくちびるを噛んで一言、「せんせーの手が冷たかったから」と返す。素直じゃないねえ、なんて言いながら上機嫌になった先生は、潤いを欠いたくちびるに水分を送るようにぺろりと舐めあげた。
そんな戯れを繰り返しながら、それでも着実に行為は進んでいく。当然だ、だって目的はそれ、なんだから。おれたちがここで一緒にいる理由、なんだから。
ぐっと奥を押された衝撃でまた一筋涙がこぼれて、拭う余裕もなくシーツを手繰り寄せる両手に口付けを落とされて、塩分を含んだ液体が赤い舌にさらわれた。あ、と思うのと同時に衝撃が強くなって、握り締めたこぶしに爪が食い込む。痛みでまた、涙がこぼれた。
「…す、お……なんて…っ」
「ん?」
「……んでも、な…ッ、あっ」
素直じゃないなんて、どっちが。
呟きは渦に飲まれて消えて、答えだけがわずかおれの脳の中に残った。
どっちも、だ。
「あ、あ、あ、シャマル……ッ」
「たけ、し…!」
だってそんな、最後の瞬間にだけ名前を呼び合うなんて、ずるいこと。あんたがおれに誰を重ねてたって、どうでもよくなってしまう。最後の、その瞬間だけでもおれを見てくれるならと、甘んじてその腕に逃げてしまうのはほかならぬ自分自身、だ。
真っ白になった意識の中で、ただひとつのタブーを抱えて、どうしても放り出せない感情に焦れて、小さく丸まった身体の中で、それをぐしゃりと押し潰した。
糾いつづける、罠、罠。
(選んだのは、おれ?あんた?)
/07.08
読み返してみたら、言うほど山本かわいそうじゃなかった。むしろ幸せだろコレ。←
でもホントにハッピーエンドになるまで続き…ます、たぶん。
…それにしてもタイトルの語呂が悪い。