:: 知らなかったことと、気付かないフリをしてきたこと、
::
今日は、長いテスト期間がようやく終わって、部活動が久しぶりに解禁になった日だった。
期間中にどこかのクラブなどで打とうにも、宍戸ももう三年生になってしまっていた。いくらエスカレーター式で楽に高等部に上がれるとはいえ、それでも落ちることが絶対にないとは言い切れない。
お世辞にもいいとは言い難い宍戸の学力では、このあたりで勉強に打ち込んでおかないと、あとで泣きを見ることは誰に聞いても明白だった。
そんなこんなで二ヵ月間の禁欲生活を経て、ようやくこうしてテニスという極上の料理にありつくことが出来たということなのである。
自他共に認める「テニスバカ」の宍戸が、これだけお預けを喰らった後に部活の活動時間だけで満足できるわけがない。それでも他のメンバーに迷惑をかけることはできないため、宍戸は部活終了後、校舎裏で壁打ちをしていた。
部室の鍵を貰い受けるために跡部にその旨を報告すると、王様は偉そうに腕組みをしながら、「テメェはそれしかねぇな、ホントに」と鼻で笑われてしまった。いつもの宍戸ならば即刻食いかかっていくところだが、今は跡部とのケンカよりもテニスが愛しい。
はいはい、と軽く流して更に追い討ちをかけるように鍵を要求すると、跡部は呆れたように聞こえよがしなため息をついてから鍵を差し出した。
そんなことを思いながら一心不乱にボールを打ち返す。黄色いテニスボールがガットに当たると、ぽーんと景気のいい音がしてボールが宙に舞う。ラケットがボールを捉えた瞬間の手首に伝わる重みが、たまらなく心地よいのだ。
やはり、オレとテニスは切っても切れない仲だ、と思う。
短く切りそろえた髪の間から汗が垂れてくるのを、宍戸は左手の甲でぐいっと拭った。
「……もう、こんな時間かよ……」
それと同時にふと空を見上げた宍戸は、すっかりオレンジ色に染まりきってしまった太陽を見て呟く。高いビルに阻まれて、太陽は既に欠片しか見えない位置にまで傾いてしまっている。
たしか、この太陽が完全に沈みきってしまう頃には、全部活動が活動を止め、校門が閉まってしまうはずだ。その時間を逃すと、下校を職員に申請したりと、何かと帰宅が面倒になる。
面倒な作業を嫌うのは、宍戸の生まれ持った性格だ。
あれだけ焦がれたテニスを中断してしまうのは惜しいが、テストも終わったことだ、明日からいくらでも打つことが出来る。部活だけで足りなかったら、クラブででも打たせてもらえばいい。
そう納得すると、宍戸は転がったボールをラケットで掬い上げて片づけを始めた。といっても、ひとりきりで壁打ちをしていただけなので、片付けるものはボールとラケットだけだ。その二つを手早くキャリアケースに押し込み、ポケットに入った鍵の存在を確認すると、宍戸は部室へと足を進めた。
まずは、汗臭い身体をどうにかしなければならない。
そう思った宍戸は、まず最初にシャワーを浴びることにした。まだ日没までは三十分ほどの猶予がありそうだ。シャワーを浴びて着替えをする余裕くらい、あまるほどにある。
予想通り、シャワールームから出てみると、まだ窓からはオレンジ色の光が差し込んできている。宍戸がシャワールームに入る前の光景と何ら変わらないそれが、そこにはあった。
ただ、ひとつのパーツを除いて。
「……ちょうたろー?」
その「パーツ」の名前をぽつりと呼んで、宍戸はがしがしと頭を拭っていた手を止めた。「ちょうたろー」こと、宍戸の後輩兼ダブルスのパートナーである鳳が、宍戸の声に振り向いてぱちくりと目を瞬かす。
「あ…れ、宍戸さん?なんでここに……」
「バカヤロ、それはこっちの台詞だっつーの!お前、こんな時間までこんなところで何してんだよ」
再び髪を拭く手を動かしだしながら、宍戸は鳳に詰め寄った。
「あ、それは……ブランク、あんまり空けたくなくて」
と、言うことは、鳳も宍戸と同じように今さっきまでテニスをしていたということか。それならそうと言ってくれれば一緒に練習することも出来ただろうに、と悔しい思いがこみ上げるが、今更何を言っても後の祭りだ。
宍戸は、そうか、とだけ呟くと、くるりと踵を返した。
「確かに、せっかく乾に指摘された癖が治りつつあったって言うのに、ブランク空けたらまた元に戻っちまいそうだもんな、お前」
ししっと歯を見せて笑って、宍戸は妙な違和感を覚えつつ服を着るべくロッカーへと近づいていく。
「し…し、どさん…」
その背中に不穏な気配を感じて――そこで宍戸は、ようやくこの違和感の正体に気付くことになる。
そうだ。おかしいのは、鳳の様子だ。
「ちょう…たろう?」
180越えの長身で背後に立たれると、その圧迫感は半端ではない。宍戸も平均的に見れば決して小さいとは言えないほどの身長はもっていたが、この後輩からみれば宍戸も小さい部類だ。
間近で見下ろされて、むき出しの背中に冷たい汗が伝う。
嫌な予感が、胸をよぎった。
それが何の予兆なのかはわからなかったし、例えわかったとしても理解したくはなかった。
「宍戸さん…が、そんな煽るような格好してるからいけないんです……」
小さく、自分に言い聞かせるかのようなボリュームで漏れた鳳の声に、は?と宍戸が聞き返す余裕も与えず。
鳳は、些か急性とも言える動作で宍戸の肩を掴んだ。そのままガンッと音がたつほどの強さでロッカーに背中を叩きつけられて、一瞬呼吸が止まる。
シャワーから上がったばかりの宍戸の身体には、下半身を隠すためのタオルが一枚巻きつけてあるだけだ。外気に曝された肩口に鳳の爪が立って、宍戸は眉を寄せた。
「………ごめんなさい」
そう、呟くように鳳が言ったのとほぼ同時に。突然、宍戸の呼吸が絶たれた。
先ほどとは、まったく別の方法で。
「……んっ……!?」
驚きに見開いた宍戸の視界に入っているのは、甘い感触に酔うように閉じられた、鳳の瞳だけで。
唇に感じる柔らかさが鳳のそれなのだと気付くまでに、随分長い時間を要した。それが口付けなのだと気付くまでには、さすがにそれほど時間はかけなかったが。
「んぅっ……!…ぅ、は……ッ」
息が苦しくなって、鳳の胸板をどんどんと叩く。
恥ずかしながら、キスなんてものを実際に体験するのは初めてだ。今時中学三年生にもなって、と言われそうだが、幼い頃からテニス一本でやってきたのだ。恋だの愛だのに現を抜かす余裕などありはしなかった。
だから当然、呼吸の仕方なんて知らない。唇と唇が触れ合うという行為に気持ちよさなんて感じられなくて、宍戸はぎゅっと目を瞑って口を硬く閉じたまま、懸命に鳳の厚い胸板を押し返していた。
それでも、勢いよく吸い付いてきた鳳の唇が離れていく気配はなくて。酸素不足の所為で瞳に涙が滲んできたころ、ようやく唇が離れて、宍戸に息をつく猶予が出来た。
その瞬間に口を開けて呼吸を整えたことを、直後宍戸は激しく後悔することになる。
「…ッん!ふ……ぅ、ん…ッ…」
開いた唇の間から入り込んできたのは、ねっとりと湿った鳳の舌だ。
ざらついたそれが、宍戸の歯列をなぞりながらゆっくりと内部に侵入してくる。呆気に取られて抵抗を忘れているうちに舌と舌が触れ合って、宍戸はすくみ上がるようにして舌を奥へと引っ込めた。
鳳の舌が、それを執拗に追いかけて絡めとる。くちゅ、と濡れた音を立てて宍戸の舌に吸い付いて、軽く甘噛みをして、唾液を絡ませあうように触れる。
もちろんフレンチキスでさえ初めてだった宍戸に、ディープなキスの経験などあるはずもない。初めて味わう、言い知れぬ甘い痺れに、ゆっくりと膝から力が抜けていくのがわかった。
倒れそうになる身体を、逆に鳳の肩を掴み返すことで耐えていると、宍戸の肩口を掴んでいたはずの鳳の腕が宍戸の腰へと回された。ひくっと身体を揺らす宍戸を、鳳がゆっくりと誘導するようにして床に押し倒す。
冷たい床の感触が、一度は快感に酔った宍戸の思考を次第にはっきりとしたものに変えていく。
そこまで来てやっと、宍戸は鳳が何をしようとしているのかに気付いた。とたんに、身体中から血の気が引いていく。
冗談じゃない。何でオレが――
「ふぁ……ん、ぅう…ッ…!」
しかし、反抗の罵倒を口に出そうと思ったところで、鳳によって唇を塞がれていては口も開けない。宍戸は、眉根に皺を寄せて、必死で開放を待った。
「………ッ!」
しばらくしてようやく鳳の唇が離れたが、息が上がってしまって声が出ない。
しかたなく、宍戸は涙でうるんだ瞳で思いっきり鳳をにらみつけた。
これで、事が終わってしまえばいい。今ならば、悪ふざけが過ぎました、で済む。また今までどおりの、当たり障りのない仲のいい先輩後輩というポジションへ戻ることが出来る。
なぁ長太郎。言えよ、冗談ですすいませんって――
しかし、今更そんな虫のいい願いが叶うはずもなかった。
「テメ……ちょうたろ……ッ、ぁっ」
息を整えつつ鳳に講義の声を上げようとした矢先――凄むはずの声が突然オクターブ上へ変化して、宍戸は何が起こったのかわからずに暫し目を瞬かせた。
「ひ、ぁ…ッ…!ん、あ、…は…ッ」
鳳に平たい胸を愛撫され、自分が嬌声を上げているのだとは、気付いていても理解したくはなかった。
――だって、おかしい。
それでも、右の突起を舌で転がされ、左側に爪を使って緩急のついた刺激を与えられれば、意識は次第に鳳の手の中へと翻弄されていく。
鳳の肩を掴んで押し返そうとする両手にも、力が入らない。
仕方なく、宍戸は溢れて絶えないこの嬌声を鳳の聴覚から消すことに徹底することに決めた。
口元を腕で覆って、更にその上から手のひらを翳す。それでもくぐもった喘ぎが漏れてしまうのは、いわば思春期の男子の条件反射だ。
「……宍戸さん、すっごい厭らしい身体……こんなに、吸い付いてきますよ」
そうは言い聞かせても、裏付けるような鳳の意地の悪い囁きに、かっと頭が熱くなる。羞恥を押し殺すように必死で声を詰めて、宍戸は現実から逃げるように目を伏せた。
「声、聞かせてくれないんですか?宍戸さんの可愛い声、オレ、聞きたいのに」
「だれが可愛いだ…ッ!とっとと離せっ」
「それは無理な注文です。…だから、言ったでしょう?宍戸さんが悪いんですよ。オレの前に、あんな無防備な格好で現れて」
それは仕方ないだろうと、思う。
もう部室には自分ひとりしかいないと思っていたのだ。まさか鳳がいるだなんて、思っても見なかった。
しかし、そんな押し問答を始める余裕さえ、既に宍戸にはない。
「ごめんなさい」
今度こそははっきり、そんな呟きが聞き取れたと思った矢先。
とうとうその手のひらが、宍戸の身体に唯一巻きつけられた布の下への侵入を決めたらしかった。
「…わ…っ、やめ……、長太郎!」
太腿を這うようにしてなぞり上げてくる大きな手の感触に、宍戸の口から色気のカケラもない声が零れる。
しかしそれは最初の一瞬だけで、すぐに艶を帯びだす宍戸の声と比例して、鳳の手も次第に中心へ向かって足を進めてきた。
そして、とうとう宍戸自身に、ひんやりとした体温が触れて。
「……ゃ……っ」
声を出すまいと押さえ込んだ唇の間から小さな嬌声を漏らしながら、宍戸は逃げるように腰を後ろに引いた。
そんな些細な抵抗さえ許さないように、腰に回されていた鳳の左手が、宍戸の腰を引き寄せる。
ぐいっと身体が密着して、耳元に鳳の荒い息遣いが届いた。それと同時に、腰に何か硬いモノが、あたって。
何だこれ、と疑問が浮上するのとほぼ同時に、宍戸の頭の中には答えが浮かんだ。
――さすがに、それを視覚で確認するほどの勇気はなかったが。
「―――ッ!」
改めて襲い掛かってくる恐怖感に、宍戸は顔から血の気を一気に引かせながら頬を高潮させるという器用な技をやってのけた。
はぁ、と、熱を含んだ吐息が耳に掛かって、ゾワゾワッと得体の知れない何かが宍戸の背筋を光の速さで駆け上る。
これは、本当に、本格的に、ヤバイ――
そんな単純なことに気がつくのが、あまりにも遅すぎた。
「やめろって、おいっ、ちょうたろ……っ!」
反抗の声を上げようとした手前、宍戸の中心を捕らえたままの右手がゆっくりと上下の運動を開始して、宍戸の抵抗の声を遠く巻き込んでいく。
驚いたように目を見開いてから、宍戸は唇をかみ締めて声を絶えることに専念しだした。
感じたくなくても声が漏れてしまうのは、そんなところを甘く愛撫されてしまえば、男としてのいわば常識であって――
鳳が言うように、「宍戸が敏感だから」では決してない。と、思いたい。
「ししどさん」
蕩けてしまいそうな熱を含んだ言葉の愛撫に、伝染する。
脳の芯に甘い吐息が投げかけられて、思考が混濁していくのと同時に目頭に熱いものが浮かぶのをうっすらと感じた。
「…ッァ、は……!」
だって、こんなに気持ちいいのは知らない。
身体の奥底からこみ上げてくる熱に理性を奪われて、このまま流されてしまってもいいと思ってしまう。
――この感情は、媚薬だ。
「……ッく、ん…っ」
動きだそうとする自らの腰を叱咤するように首を振りつつも、鼻の奥からは甘えるような声が漏れる。
ダメだ、ととろけた脳で自制するのと同じに、耳元を吐息がかすめた。
「…いいですよ、イッても」
かぁっと頬が赤く染まるのがわかる。
同性だとか後輩だとかを抜きにしたって、人前でそんなことできるはずがない。
息を呑む宍戸に対して、鳳は飄々とした顔つきでやんわりと微笑んだ。
どんっと、心臓が痛いほどの鼓動を刻んだ。
――そんな、いつもの後輩の顔で。
こんなことをしておきながら、自分だけいつもと同じ顔をするな。
「……ゃ…っ」
伝えようと開いた口から漏れたのは、あられもない矯声だけだった。
それを合図に、鳳の手がラストスパートをかけるように激しく動き出す。
そうなったらもう、若い欲望の前に、幼い理性は形もなく崩れ去った。
「……………っ」
白濁を放って肩で息をする自分を自覚して、涙が出た。
情けない、なんて考えている余裕もなく、そんな自分にまず絶望している。
こんな風に、とりようによっては裏切られるように、辱めを受けたというのに。
怒りよりも情けなさよりも恥ずかしさよりも先に、この後輩ともう元のように付き合うことができないのだという現実に打ちひしがれた。
殴るよりも先に、抱きしめたいと思ってしまった。
「宍戸さん…泣いてるの?」
「…………」
聞かなくてもわかるだろ、と返すのも億劫で、宍戸は目元を両手で覆った。
それを合図に愛撫が止まったことに、驚きはしない。
わかっていた。
涙を流せば、きっと鳳は行為を中断するだろうことを。
だってこいつは、鳳長太郎だから。
自分が知らない顔を持っていたとしても、結局は自分の知っている鳳なのだから。
そんな予感があって尚、涙を流すことで彼から逃げなかったのは、ひとえに高すぎるプライドが邪魔だったからとは言えない。
――だって、イヤじゃなかったのだ。
行為自体が、と言うより、鳳に触れられると言う事実に対して嫌悪がなかった。
何より、鳳から普通らしからぬ感情を向けられて、喜ぶ自分がいたのだ。
「……宍戸さん?」
それが、自分自身鳳と同じ感情を彼に対して持っているからかどうかはわからない。
ただひとつ確かにいえるのは、本気で抵抗すれば逃げられただろう状況で、逃げ出さなかったのは自分だと言うことだ。
「ごめんなさい……俺」
なんとなく言われるのを予感していた言葉に、宍戸はゆっくりと手を外して鳳を見た。
至近距離で見上げた瞳には、人のこと言えないだろうと言ってやりたくなるほど大粒の涙が溜まっていて。
一言くらい怒鳴ってやろうと意気込んでいた思いも、引っ込んでしまう。
その代わりに、欲望の名残か微かに紅潮した頬に手をかけた。
驚いたように目をしばたかせる鳳に、宍戸は、まっすぐ目を合わせて。
視線で叱咤するようにしながら、口を開いた。
「――謝るな」
それは、気遣いなんかじゃなく。
紛れもなく本心から出た言葉だ。
「……え…」
呆けたような顔で見下ろしてくる後輩に、自然と苦笑いが漏れるのを止められない。
こんなことをされた後に何を暢気な、と自分でも思わないことはなかったが、その顔があまりにも見知った「鳳」だったのだから仕方ない。
「あ…や、まるなって…!こんなことされたのに、なに言ってんですか!」
どうやら、そう思ったのは自分だけではなかったらしく。
投げられた言葉に、宍戸は答えないまま目尻に残った涙を拭った。
たしかに、恥辱を受けて悔しくなかったわけはない。
でもそれは、男なのに男に襲われるなんて、なんて言うプライド的なものだ。
嫌だと、もうお前なんか嫌いだと、嘘でも言えないのだから仕様がない。
だから余計、嫌だったのだ。
謝罪を受けるのは。
「…………」
謝られてしまったら、まるで今の出来事をすべてなかったモノにされてしまいそうで。
不安で押しつぶされそうに胸が痛くなる。
――だから。
「謝るな」
と。それだけを繰り返す。
他に言うべき言葉はあるのだろうが、今はそれを伝える気にはなれなかった。
「………だって」
まるで立場が逆だ。
どうして鳳が泣きそうなのか。
やっぱりおかしい、と思って、宍戸はまた苦笑を零した。
「俺、あんなことしたのに…!謝っちゃダメなら、どうしろって言うんですか…!」
「覚えてろ」
叫ぶように悲痛に投げかけられた問いに、間髪を空けることなく返す。
ただ、お前は覚えていればいい。今日の、この瞬間をないものにしないで欲しい。
それが、宍戸の願いだった。
明日からはきっと、いつも通りの日常が流れ出す。鳳とは、いつもの先輩後輩に戻りたい。
それでも、この瞬間を覚えていろ。
夢と違えるほどのおぼろな記憶でかまわない。
ただ、この現実が確かにあったのだと言う確証を、胸に刻め。
それが宍戸の願いで、命令でもあった。
「忘れようとするなよ」
いつも通りの日常が動き出す中で、持て余した激情だけは時間を止めて。
やがて消えてなくなるものならば楽でいい。
そうじゃないからこそ、強いる。
お前も同じ傷を負えと。
「……宍戸さん」
痛いよ、と、胸を押さえる鳳の顔が訴える。物理的なものとは違う類の痛みに顔をしかめる鳳の表情は、きっと宍戸のものと寸分違わないのだろうと思われた。
「お前だけ忘れるなんて、許さない」
だって、俺はわすれられないのだ。
打ち込まれた激情を。掘り起こされた感情を。
まったく知り得なかった――あるいは本当の自分自身の姿を。
もう戻れない。
匙は投げられた。
/06.?
久しぶりのやおいで、なんつーかとても恥ずかしい。
…ただエロ書きたくて書いた記憶があります…。(サイテー