:: バーボンの氷が溶けるころ、 ::
「イタリアに帰るぞ」
いつかはこんな日がくること。
覚悟はしていたつもりだった。
俺は今、いちマフィアのボスで。
数え切れない大切な人の命を、この頼りない小さな背に負っている。
「ウィビードファミリーが本格的に動き出した。早急にイタリアに帰って、受け入れる準備をするんだ」
こうやって今まで日本で執務させてもらっていたのは、ただの俺のワガママで。
相応のときが来ればいずれ、ここを離れなければならないことは理解していた。
この住み慣れた日本を、――並盛を出て、イタリアへ――世界へと、目線を広げる。
「うん」
逃げ出すことが出来ないこともわかっていたし、逃げ出そうとも思わなかった。
ただ、言うことを聞かないのは。
「ツナ」
「うん」
「覚悟がないなら、置いていけ」
胸の内に燃え続ける、
この想い、だけ。
からんからん、と鈴の音が鳴って、いつの間にか行きなれたバーにひとりの男が入ってきた。
目の前に置かれたバーボンが、一筋の汗を流す。
こんなに度数の高い酒を注文したのは、長く通えど初めてだ。
いつもは限りなくジュースに近いカクテルを軽く嗜みながら、
意味もない世間話に延々と花を咲かせているだけなのだから。
「よ、ツナ。今日はずいぶんと強いの頼んでんのな」
俺はいつものフルーツカクテルで、と注文を通して、
山本はごく自然に俺の隣へと腰掛けた。
「今日はどうしたんだ?こんな時間に突然呼び出すなんて、らくねーじゃん」
「……………」
「ツナ?」
「……うん、ごめんね」
しばらくして山本の目の前にオーダーのカクテルが置かれて、
沈黙が落ちた。
何を言ったらいいのかわからない、
わけじゃない。
どうやって伝えていいのかわからない、
それも違う。
ただ伝えるきっかけが、
ただ諦めるきっかけが、
つかめないだけ。
「――ツナ」
「え?」
そんな俺よりも先に口を開いたのは、山本のほうで。
あからさまに動揺して顔を上げる俺に、
彼はいつもよりいくぶんか崩れた笑顔で(そう見えたのは、俺の自惚れなのかも知れないけれど)、
でもたしかに、
笑った。
「ありがとな」
痛いほどにかみ締めた唇が、
何か言おうとして動きを止めた。
もう少しだけ、
時間を止めてもいいだろうか。
せめてこの、バーボンに浮いた氷が溶けるまで。
氷が溶けて水に変わったころ、
――別れ話を、しよう。
(大好き、大好き、大好き
――さよなら、愛し君。)
/06.12
武おいてきぼり説が妄想をかきたてます。
遠恋とか…最高じゃねーの!(跡部様?