0707
虫の鳴く声が聞こえる。蒸し暑い、夏の夜。何の変哲もない、365日のうちの1日。ただそれだけなのに、どうしてキミはそんなに澄んだ瞳で空を見上げるの。
「ツーナー!」
「へ…あ、山本!?」
それは突然、アポなんてものはまったくすっとばしたお誘い。そろそろ太陽もだいだいに色づいてこようというころ、マウンテンバイクに乗って颯爽と現れた山本は、門の前から大声でおれの名を呼んだ。今までだったら到底ありえないことだけど、いつからか登場した家庭教師のおかげでせっせと勉強に励んでいたおれは、驚いて肩を揺らしながら窓の外をのぞく。と、見えるのはいつものようににこにこと笑う山本の顔で、今までの憂鬱な気分が一気に霧散した自分をつくづく単純だと思う。
だけど、さっきまでのスパルタぶりはどこへ行ったのか、「ごめん小僧、ちょっとツナ借りるな。今度埋め合わせすっから」そんな一言であっさりとおれを解放する家庭教師のほうも、大概彼には参っているみたいだ。…今度埋め合わせで何をするのかは、もう特に考えないでおこうと思う。
「よ、ツナ!」
「山本、どうしたの突然」
「いーからいーから、乗れよ後ろ」
「へ?あ、え、ちょっと待って、」
「いくぜー」
自転車の後ろになんて乗ったことがないから、どうやって乗り込んで良いのかわからずしどろもどろしている、と。そんな宣言とともに、ゆるりと旋回した二輪がコンクリートの上を走り出した。ずずず、道路にこすられた古いスニーカーが鈍い音を立てる。あ、でもちょっと風が気持ち良いかも。思いながら必死でしがみついた山本のTシャツが、起きた風に揺れた。びゅ、と突然にひときわ大きな風の音が耳元をなぜて、違和感に身体を傾けて前方を見やる。それから、さあっと体中から血の気が引くのがわかった。
ちょ、ちょっと待って、そこってすっごい、
「さかーーーーぁぁぁああ!!」
あ、あし、足引きずってるって山本!
叫ぶ余裕はもちろんなく、あははツナおもしれーと前から風に乗って半分かき消されながら聞こえてくる声におもしろくないよいいからお願いスピード緩めて!返す余裕もなく。
「ぎゃあああーー!!」
断末魔の叫びを上げながら、45度の坂をマッハの速度で(少なくともおれにはそう思えた)駆け下りていくのだった。
結局目的地に着いたときにはおれの喉はもうすごい状態で(あんな叫びを耳元で聞きながら平然としていられる山本にはいっそ天晴れとも言うべきか)、ぜえぜえと息をしながらまだ違和感の残る身体を大きく伸ばして芝生の上に倒れこんでいた。つれてこられたのはどうやら小高い丘の上らしい。おれを後ろに乗せながら上り坂を飄々と登っていった山本は、やっぱりそれなりに疲れてはいたのか、おれに習ってばふっと芝生に倒れこんだ。青々と茂った草はひんやりと上昇した体温を下げるには最適だ。
「山本大丈夫?」
「ん?ああ、へーきへーき」
「疲れたでしょ」
「いやー、試合のほうがもっと疲れるからなー。それより、ツナのほうこそ平気だった?」
「え?」
「勉強」
ああ、と納得してううん、と首を振る。むしろ山本が来てくれて助かったよ、あのままだったらおれきっとリボーンに殺されてた、と零すと、はは、さすがにそれはねーだろと笑った。…ううん、それがありえるからリボーンなんだよ、それが彼が彼であるゆえんなんだよ、とはあえて言わない。
それより、と首をひねる。満天の星空が目に入って、思わず口がほころんだ。
「きれーだね」
「だろ?これ見せようと思って」
「え」
「だってほら、七夕だし。星見なきゃ何見るんだって感じだろ」
あー、でも笹見るんでもよかったかなーと零す山本にいやそれは違うと思うよととりあえずつっこんで、再び星空を見上げる。昼間の暑さを我慢した甲斐はあった。雲ひとつない空には、くっきりと天の川が浮かんでいる。きらきらと瞬く星はいつもよりも近い位置にあって、手を伸ばせばもしかしたら、届くかもしれない。だけどまだ、おれには手を伸ばす勇気はない。だって触れてしまったら、どうしたらいいのかわからなくなる。
「なーツナ、」
「ん?なに?」
「織姫と彦星の話って聞いたことある?」
ぼんやりとしか覚えてないけれど、たぶん小さいころに聴いたことがある。あれもたしかこんな星の綺麗な七夕の夜だった。語られた話の半分も思い出すことはできないけれど。
「いちねんにいちどだけしか出会えないって、そういう話?」
聞くと、うん、とうなずかれた。それから手に触れた、暖かい感触。
「えっ、あ、や、山本…!?」
「あいつらに比べたらさー、おれたちって、すげー幸せなんじゃないかと思って」
「え、あ…!?」
「だってさ、学校ある日は毎日会うわけだし。学校休みの日だって、ほら、今日みたいに会おうと思えばいつでも会えるんじゃん」
ああ、言いたいことはだいたいわかってきた。うん、とうなずくと、手にこもった力が少し、強くなる。ゆっくりと冷えてきた身体に人肌のぬくもりは心地よくて、小さく息を抜いて目を閉じた。それでもまぶたの裏に残る、星粒の残像。ああやっぱり、目を閉じても消えないその明るさは。おれの中の絶対的存在で。いつか届けば良いと願う、だけど届いてほしくないと願う。
「好きな人にいつでも会えることって、すげーうれしいことなのな」
「うん、そうだね」
帰り道は下り坂だ。
キミを後ろに乗せて満天の星空を見上げながら、他愛もないことをいっぱいしゃべって、家に帰ろう。
あしただって、また、会いに行くから。
(来年もまた、いっしょに星を見にこよう)
/07.07
当日の夜に七夕だって気づいた。(故にタイトルも安直・笑
とりあえずツナを叫ばせたかったというか。うん、叫ばせたかった。
目的はそれだけです。故にストーリーも安直。(そればっかだな!