:: 青空がもたらす無限の情 ::
かきーん、と乾いた音がグラウンドを制する。
続いて、焦ったような怒声、更に色めきたったざわめき。
ぽすん、と音も立てずに小さな白い球体が行き着いた場所は、グラウンドの外に整備された青々とした芝生の上だった。
あ、行った、と思うのと同時に起こる、黄色い歓声。
間髪おかずがたがたっと音を立ててチームメイトが立ち上がって、ホームベースを踏んで戻ってくるのを今か今かと待っている。
便乗するように(…と言うよりも、半分無意識に)立ち上がって、俺はくちびるを噛んだ。
興奮している、と自覚する。
「……へへっ」
やがて、照れたような笑みを浮かべてピースサインを湛えた男が、ダイヤモンドを一周してベンチへと戻ってきた。
一斉に、まるで強力な磁石に引きつけられる砂鉄のように、ベンチから人が、男へ向かってなだれ込む。
あっという間に男は見えなくなったと思ったら、次の瞬間空高く舞い上がった。
「よくやった山本ォーっ!!」
「サヨナラ場外ホームランとは、やってくれるなこの!! 少しは先輩立てようと思えっ」
「きゃー!武ー!!」
おのおのの歓声が、耳を劈くほどに膨張して、男――山本を襲う。
県大会準決勝、2-3の並盛中劣勢で迎えた9回裏。
ツーアウト・ランナー1塁。次にバッターボックスに立ったのが、コイツ、山本だった。
低めの内角、自称苦手コースを難なく場外まで運んだ彼は、いつものように笑みをその顔にたたえながら、宙に放り投げられていた。
ふわり、と風が吹いて、足元に帽子が転がる。
拾い上げて、ぽすんと目元を覆う。
山本の匂いが、かすかに鼻腔をくすぐった。
「先輩!」
「……ん、山本」
はぁはぁと息を切らせて、ざわめく輪を抜け出した山本が駆け寄ってくる。
マネージャーにかけてもらったのか、首に下がる真っ白いタオルが眩しい。
ニカッと笑って見せる歯にも、目が痛くなった。
「見てました?ちゃんとやりましたよ」
「うん、見てた。おめでとう、山本」
言ったらまた、照れたようにへへっと笑うものだから、思わず(今度はほとんど反射的に)、奇跡的な逆転劇を生んだその腕をつかんでしまった。
思ったよりも、細い。
だけどちゃんと無駄なく筋肉はついていて、一目で「鍛えてるんだな」と察せられる手だった。
神に愛された少年とは、よく言ったものだ。
「………せんぱい?」
そのまま何も言わない俺に戸惑って、山本は首を傾げる。
戸惑っているのはこっちだ。何を言っていいのかわからない。
でも、「すごい」とか、「おめでとう」とか、伝えるべきはそんなんじゃないとだけ、ただ漠然と思う。
なんていったらいいのかはわからないけど、ただ、ぼんやりと。
「………喉、渇いたろ」
「え?……あ、ハイ、どうも」
とりあえずどうしていいかわからなくて、日陰を勧めるようにベンチの中へと誘導して、ドリンクを渡す。
他のチームメイトは、山本が輪から抜けたことにも気付かず、勝利の喜びをかみしめていた。
うしろから、山本がついてくるのを感じる。
「………あ、先輩、その帽子」
言われて、立ち止まる。
落ちていたから拾ってあげただけだ、別にやましいことがあるわけじゃないけれど、なぜか不意に、どきっとした。
ゆっくり振り向いて山本の顔を見たのと同時に、急に、本当に突然、頭をよぎった文字たち。
首を傾げて目を瞬かせる山本の頭に(一応少しだけ、俺のほうが高い位置だ。でもきっと、すぐに抜かれる)、帽子を乗せる手前。
「頑張ったな、山本。……でも、この勝利はお前だけの力じゃ、ないから」
ぱちぱち、ぱちぱち。
四度瞼が動いて、山本は嬉しそうな笑みを零した――気がした。
ぽす、と今度こそ持ち主の頭に届けられた帽子のツバに隠れて、さっきかみ締めていたくちびるが、一瞬だけ重なった。
「集合ー!」
声と共に、俺は何事もなかったかのように山本から離れて。
しばらくすると、我に返ったように山本もいつもの低位置で相手チームに頭を下げていた。
今は、いいんだ。
アイツが欲しいと思う言葉を、あげられるこのポジションで。
/07.01
野球部の先輩×山も第1弾。
ふたりは付き合ってる設定でお楽しみ下さい。