12:後ろから抱き締める
『別れよう。おれたちはもう、むりだよ』
遠くの方で声がするのに、おれは目の前の背中ばかり見つめている。
緊張するからそーゆー目で見るのやめてください!昔に言われたことあるけど(そーゆー目ってどんな目?って聞いたらすっげーかわいい顔してんの)、不思議なことに何かに集中しているときには気にならないらしい。おまえの集中力はみあげたもんだよまったく。
後輩の実力があがっていくのは喜ばしいことだけど、こういくら見つめても微塵も反応されないとさすがに少し寂しいかな、と。ちょっといたずらしてやろうかと動き出したところで突然迅の肩が揺れ始めた。ひっく、ひっくと一定のリズムで揺れる肩には少し、見覚えがある。え、ちょっと、
「迅、どーしたの!」
「え、あ…う、」
あわてて声をかけて肩をつかんでこっちを向かせたら、真っ赤になって涙が浮かんだ瞳と一瞬目が合う。意味不明な声を発しておれの質問には答えないまま、迅はがっと力づくで体勢を前に戻した。普段なら力で負けることなんかあり得ないけれど、突然の涙に呆けていたとしたら話は別。
おれはらしくもない迅の反応にただ驚いて目を瞬かせるばかりで、振り払われた行き場のない手で、ためらいがちに頬をかいた。えーっと、原因ゲンイン、は。
「もしかして…これ?」
指したのは、テレビに映る三流映画。借りてきたりしたわけでもない、たまたまテレビをつけたらやっていた、ありがちなラブストーリーだ。映画よりも迅の方に集中していたからストーリーは頭に入っていないけれど、たしか卒業を目前にしたカップルの話だったと思う。さわりを見てても引き込まれなかったのは、映画の出来の問題なのか身近にいた恋人の所為なのかは明白だ。
おれに遠慮して縮こまっている姿は、少し寂しいけれどかわいかったからしかたない。夢中になって映画にのめりこむ顔見てたら、こっちが映画どころじゃなくなるよ(言ったらまた、怒るかな)。
「し…ごさんは、平気、なんですか」
そんなこと考えてたら、ぐすっと鼻をすすりながら濁った声で問いかけられる。え、なにが?と問い返せば、無言を持って返された。まあでも、話の流れからするに映画の話かな、とテレビをのぞき込んでみたら、ちょうど場面は別れ話の真っ最中。これまた、無神経なものを見せてくれるもんだ(テレビつけたのはおれたちのほうだけど)。
『なんで、ですか』
『だっておれは卒業だし、大学に行ったらなかなか会えなくなるし、続けてく自信ないよ』
『そんな、先輩…っ』
そこで初めて女の子の方がひとつ年下だということに気づいたおれは、よっぽど迅に集中していたのかなあと思う。泣きながら行かないで、とすがりつく女の演技をほーっと見ながら。きれいすぎる演出がひどく不恰好だ。
『別れたく…ないです』
「別れたく…ないです」
え、と目をしばたかせたら、次の瞬間にTシャツを引っ張られた。高い声に続くふたつめの鼻にかかった声は、紛うことなく迅のものだ。
ぎゅっとシャツの端を握りしめながら、また溢れてきたらしい涙に肩をふるわせている。
『先輩が時間ないなら、私が会いに行きます』
「電話もがんばってする…し、メールも早く返せるようになり、ます」
『…好きなんです、先輩』
「だか、ら、」
ああ、溢れ出る、感情の飽和。
ふふっとのどの奥で笑ったら、びくっと迅の体が波打った。
「な、なんで、笑…っ!」
「あ、いやいや、違う違う」
何が違うのか、おれもたいがい言っていることがちんぷんかんぷんだ。まあ、さっきの迅の発言ほど奇抜ではないと思うけど。
目の前で恥ずかしそうに(…拗ねてる?)縮こまる迅の体をぎゅっと潰すように抱きしめると、びくっと驚いたあとに苦しかったのかわずかに抵抗されて、ゆっくりと遠慮がちな指先がすがりついてきた。
ああもうほんとにあさはかで、かわいすぎる。
頬まで伝ってきていた涙をぺろりと舐めとって、さらに腕の力を強くする。密着した体があたたかい。
「じんはおばかさんだねえ」
ささやきかけると、否定するように身じろいだ。
ほんとにおまえはばかだよ。ばかであさはかで、とてつもなくかわいいんだ。
「おれがおまえのこと、手放すと思う?」
ごめんね、頼まれたって無理だよ、
耳元でささやきかけたら、もうひとつぶ涙が頬を伝って落ちてきた。
12:後ろから抱き締める
(おまえの涙が嬉しいなんて、醜いおれに気づかないで)
/07.09
ヒィィ慎吾さんがきもちわるい…よ!
自信がなくてマイナス思考、だけどたまにすごく我侭になる迅とかよくないですか