28:寄り添う
ほら、俺ってこう見えるままロマンチストだからさ、結構理想とかそういうのがあったりするわけよ。夜中の街道二人乗りのバイクでぶっ放して、風に煽られて振り落とされそうになった身体がぎゅうって背中に押しつけられたりして、囁いた告白が疾風にさらわれちゃったりして。別れ際にテールランプ5回点滅、アイシテルのサイン、なんて。うふふ、こういうの聞くと、どきどきしない?…あ、そう、しょーがないかなキミは無粋だから!
でもとにかく俺はそういう心躍るような恋がしたいんだよ、ね、聞いてる?ねえってば、ああもうそういうところが嫌いだって言うんだよ!…あ、うそ、ごめん、そんなキミも大好きです!
吹き抜ける風が潮の匂いを運んでくる。涼やかな風が、肌に心地よい。夕焼けの海はこの上なく綺麗で(おまけにロマンチック!)、恋人たちの逢瀬の場所としては満点文句なし!…のはず、なんだけど。普通だったら超大喜び、見てよ南あの海!ってなるはずの俺が、ずっと黙り込んでるわけ、は。
「…なあ千石、」
「……なあに」
「……………」
「……………」
「何でおまえ、そんなに機嫌悪いんだよ」
まあまあ南ちゃん、一目見ただけで俺の機嫌見抜いちゃうなんてステキーすごいねやっぱ7年来のつきあいはハンパないねさすが!…なんてことも言ってあげないで(だって今のテンションでこんなこと言ったら、みなみ、ぶつでしょう?)、俺はむすっと、黙り込んだまま。
百戦錬磨の千石ブリーダーと恐れられた(本人はそれ聞くたびに怒鳴ってたけど、照れ隠しなのよねいやんカワイイ!)南も、さすがにわけがわかんなくて頬をかいてる。そうそう、たまには南も俺のことを思って悩めばいいんだよ、あーいい気味!そんな感じでちょっぴり気分は上昇、したけどやっぱり口は開いてあげない。
「せんごく」
「…………」
「…せんごく」
「…………」
「…………、」
とうとうみなみまで黙り込んじゃって、支配するのは風が揺らす波の音。ああせっかくこんないいムードの場所なのにもったいない!でも今回は俺だって折れてやる気はないんだからね、みなみ。だっていつもいつも俺ばっか南のこと考えて悩みこんでるのってよく考えたら不公平でしょ、感情のベクトルは同じ方向に向いてるのにさ!…あれ?同じ方向に向いてる、よね?ね、みなみ。ああなんか急に不安になってきちゃったよキヨスミくん!ねえお願いだから、なんかしゃべってってば、みなみちゃん。
「…せ、」
言いかけて、やめる。それって南の悪いくせだって言ってるのに、5年前…いや、会ったばっかの頃からそれは治らない。言いたいことははっきり言わなくちゃって、現代の若者に必要とされる要素だよ、きっと。そんなところまで律儀に反映しなくてもいいのに、もうこの、地味っこ!(これも言ったらぶたれるNGワード、だけど未だに言ってしまう、慣れって怖い)
「なに?」
そんな悪いくせ改善のために口を開いてあげると、ばつの悪そうな顔でみなみは俯いた。それから、なんでもない、と小さく呟く。ちゃり、と南のポケットの中で鍵とキーホルダーのこすれ合う音がする。小さな小さな音が、聴覚を支配する波の音よりも高く、響いた。
「帰る」
返ってきた声は、短く。くるりと返されたつま先の向く先は……あれ、ちょっとちょっとみなみ、そっちは今来た方向だってば!そんな一瞬じゃ理解できない単語だったでしょ、今の。そりゃあしゃべった本人であるキミは理解できるだろうけどさ、あくまで客観的に考えてよそこはねえみなみ、って言ってるうちに自分ひとりで車に戻っていかないでよ、ねえ、ねえってば、
「みなみ!」
大声で呼び止めると、飛んできたのはさっき南がごそごそと触っていた車のキー、そして助手席のドアにもたれて腕を組んだ仏頂面。ああせっかくのかわいい顔が台無しだよ何回言ったらわかるの、まあそんなみなみも大好きなんだけどね!…じゃ、なくて。
「…え」
反射的に飛び出した右手で難なくそれをキャッチして(スポーツにかけてきた半生、うん、無駄じゃない)、小さくひとつ。つぶやくと、みなみは見慣れた不機嫌顔のまま(不本意だけど俺が見たことある南の顔の中でいちばん多い表情がこれなんだよな、まったく参っちゃう)ドアを開けて乗り込む――助手席に。
「千石!」
大きく開いてしまった目をぱちくりとしばたかせながらたたずんでいたら、開けた窓から大声で名前を呼ばれて、ガラにもなく心臓がどっくんと。何が困るって、みなみがこれをまったくの天然でやってるってところなんだよね。まあそんなところも、嫌いじゃないんだけどさ!(さっきからおれ、そればっか)
「帰るから、早く、乗れよ」
運転席の開いた窓から、声が届く。助手席に乗った南はそれだけ言うとシードベルトを締めて、前を向いた。おれはといえば、現状を理解するのに少し時間を要して目を瞬かせ。理解したと同時に恥ずかしくなって、両手で顔を隠した。ううわ何だコレ、すごい恥ずかしいって言うか、なんていうか、
「早くしろ千石……って、わぁ!ななっ、なんでお前がそんな赤くなって…っ!」
おれのが伝染したのか、指の隙間からちらりとみなみの顔を覗けば、同じように真っ赤になっていた。いい歳した男二人が一緒に頬染めてるなんて、気持ち悪いことこの上ない光景だ。しかもついさっきまで二人とも機嫌悪く仏頂面をしていたっていうんだから、なおさら。おかしくなって噴出すと、しばらく赤い顔で怒ったような表情を作っていたみなみも、つられるようにして笑い出した。
「あー、笑った!」
「お前、さっきまで怒ってたんじゃなかったのかよ」
ひとしきり笑って運転席に乗り込めば、呆れたように笑って南が助手席の窓を開けた。潮の香りを含んだ風が、運転席側から入って助手席側に抜ける。車ん中が磯臭くなるんじゃない?と思ったけど、持ち主の南がやってんだから、まあいっか。
「いーのいーのそんなこと。……そんなことよりさ、みなみ」
「……なんだよ」
本能的に嫌な予感を嗅ぎ取ったのか、ぐいっと顔を近づけるおれから逃げるように状態をそらして、南は眉間に皺を寄せながら聞き返してくる。にへら、と笑って一気に顔を近づけてくちびるを奪ったら、みなみはまた顔を真っ赤にして口元を拭った。昔からこういう行為に慣れないウブなところって嫌いじゃないけど(むしろそういうところがかわいいんだけど)、さすがに拭ったりされると傷つくってもんだよみなみ。だけど、悲しきかな、そんな反応にも慣れたもんだから、立ち直りは早いおれ。
「おま…っ、何すんだ!」
「せっかくこんなムードある場所にきたんだしさ。それ相応のことしよーよ」
「は…ァ!? バカかお前は!するかっ!」
「えー、いいじゃんいいじゃん」
「うるさいっ、黙ってとっとと帰るぞ、ガキ!」
「ひど!おれはガキなんじゃなくて、ロマンチストなんですー」
「あーはいはい」
だけどさ、ほんとに、こんな理由に気づいてくれるのはみなみだけだと思うよ。自分はまだみなみのこと車に乗せてあげたこともないのに、みなみに先に乗せられちゃったから拗ねてます、なんて口が裂けても言えやしない。それにきみは気づいてくれるし、おれだってきみのことわかってると、思うし。
ああもうなんて言えばいいのかわかんないけど、これってたぶん、俗に言う、
「シアワセ、ってのかなー」
「…あ?気持ち悪い顔してるぞ、千石」
「ひど!」
ばかみたいだけど、本気で思ってんだ。
28:寄り
添
う
(これからも、きっと、)
/07.08
古い…埋まってたネタサルベージ。
千南が好きです。苦労性部長・南が大好きです。
わがまま千石と結局折れちゃう南が基本スタンス!